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医学的根拠とは何か [著]津田敏秀

[評者]水無田気流(詩人・社会学者)

[掲載]2014年01月26日

[ジャンル]科学・生物

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■身近で難解な問題を問い直す

 福島第一原発事故以降、私たちはこれまで耳に馴染(なじ)まなかった「シーベルト」「ベクレル」等の単位を聞く機会が増えた。一般市民の関心は何より健康への影響だが、専門家の回答は釈然としないものばかり。実は何か重大な危機を隠蔽(いんぺい)しているのではないか? そんな猜疑心(さいぎしん)も煽(あお)られたが、事態はもっと構造的な問題から派生しているようだ。
 疫学を専門とする筆者は、昨今の100ミリシーベルトを目安として「がんの増加が見られない」とする報告の問題点を指摘する。単に「リスクの上昇が証明されていない」との言及が、いつの間にか発がんの閾値(しきいち)(刺激となる最小限の値)のように考えられてしまっている、と。一方、WHO(世界保健機関)の健康リスクアセスメントは、100ミリシーベルト以下であってもがん発症の可能性を指摘。この食い違いは、ICRP(国際放射線防護委員会)勧告の「統計的有意差がない」ことと「影響がない」ことの混同から来たようだ。またPM2・5などの大気汚染も、すでにヨーロッパでは人体への影響の程度を測定し発表しているが、日本では大気汚染の程度を発表するに留(とど)まっている。これらは医学的根拠の問い直しを要する問題だ。
 医学的根拠は、直感派、メカニズム派、数量化派の三つに分類できる。直感派は医師としての個人的な経験を重んじ、メカニズム派は動物実験など生物学的研究の結果を重視。そして数量化派は、統計学の方法論を用い人間のデータを定量的に分析した結果を重視する。筆者は日本の医学研究において、これらがばらばらに存立していると批判。とりわけ人間を対象に医療行為を行う上で科学的根拠となるのは数量化だが、他二者との連携も遅れているという。医学の高い専門性が思考の硬直化を招き、弊害に気づく契機に乏しいのも問題だ。私たちも、この身近で難解な問題をともに見直していきたい。
    ◇
 岩波新書・756円/つだ・としひで 58年生まれ。岡山大学大学院環境生命科学研究科教授(疫学・環境医学)。

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