「デモクラシーの生と死」書評 証拠を突きつけ、過去の常識覆す
ISBN: 9784622077435
発売⽇:
サイズ: 22cm/453,28p
デモクラシーの生と死(上・下) [著]ジョン・キーン
本書を読むと、古代・中世・近代を区分することになんの意味があるのか、そうすることで歴史の水面下で脈々と過去を未来につなげようとする人々のダイナミックな動きを抹消してしまうのではと強く思う。「過去のものごとの記憶を、デモクラシーの現在・未来に不可欠なものとして扱い」、従来の「西欧デモクラシーのドグマ」、なかでもデモクラシーを「非時間的」なものとして扱う『歴史の終わり』(F・フクヤマ)やデモクラシーを19世紀の発明とする『第三の波』(S・ハンチントン)を退けている。
これまで多くの人が当たり前だと思っていたことを、著者は次々と証拠を挙げて否定する。集会デモクラシーの起源は、紀元前6世紀末のギリシャ・アテナイではない。なんと前2千年の古代ミケーネ文明に「デーモス」(民衆)の直接の語根があり、東方にその起源があったことを、考古学的な新証拠によって指摘する。
驚きはこれだけにとどまらない。代表デモクラシーも英仏の市民革命で突然変異的に誕生したのではない。スペイン北部で12世紀になって「後に代表デモクラシーと呼ばれるようになるものの中核的構成要素の一つが誕生した」。それはコルテス(議会)であり、その起源にも東方、すなわちイスラムがかかわっている。20世紀後半に始まり、今なお生起しつつあるさまざまな非政府組織による権力監視システムを取り入れた「脱代表デモクラシー」(モニタリング・デモクラシー)の始まりはインドで、デモクラシーの生成には中産階級の存在や、共通の文化で結束しているデーモスの存在が必要不可欠だというこれまでの常識をくつがえした。
しかし、デモクラシーを支えたものが時代に適合できなくなったとき、デモクラシーもまた死す。古代ギリシャの集会デモクラシーは「帝国から利益を得た」ことで、結局、マケドニア軍によって断ち切られた。
本書によれば、代表デモクラシーは、貨幣経済の拡大と軌を一にしている。中世後半のイタリア北部の資産家階級は自らを「市民債権者」と考え、「統治機関に自分のお金を貸すという原理を実験した」。彼らが税金を支払う条件とは「そうした金が利息付きで払い戻され」ることだった。
その創設原理に鑑みると、ゼロ金利時代が到来し、近代の代表デモクラシーはすでに破綻(はたん)していることになる。代表デモクラシーが「多数派の規制なき意思による統治として語られる時代は過ぎ去った」のに、今の資本主義は、むしろ「多数派の規制なき意思」への依存を強めている。この裂け目の帰結はどうなるのだろうか。
◇
森本醇訳、みすず書房・各6825円/John Keane 49年オーストラリア生まれの政治学者。豪アデレード大、加トロント大、英ケンブリッジ大などで学ぶ。現在、豪シドニー大と独ベルリン科学センター(WZB)の政治学教授。