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地図と領土 [著]ミシェル・ウエルベック

[評者]佐々木敦(批評家・早稲田大学教授)

[掲載]2014年02月02日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■純然たる絶望、奇妙な清々しさ

 フランス現代文学の鬼才、いや、鬼っ子の新作『地図と領土』は、世界と人間への強烈な侮蔑と、それを自らに許す作家自身のあまりにも魅力的な傲慢(ごうまん)という持ち味を遺憾なく発揮しつつ、新たな境地へと鮮やかに突き抜けてみせた、紛(まご)うかたなき傑作である。
 主人公はジェド・マルタン、アーティスト。若き日の芸術的理想を捨ててリゾート開拓の分野で成功を収めたが、既に引退している寡黙な老父が買ってくれたパリのアパルトマンにひとり住みながら、孤独に作品制作をしている。だがジェドの孤独は彼自身が望んだことでもある。彼は一個人としては、他人にも社会にも興味を抱いていない。だが、にもかかわらず彼はフランスという国と、より大きな視野での現代文明と人間生活にかんする、独創的と言ってよい芸術作品を創り出し、本人の意志とは無関係に、あっという間に美術界のスターになってしまう。写真、絵画、ビデオと媒体を変えながら、ジェドは共感とは無縁のまま、世界を冷徹かつ克明に描き出すことで、それらと否(いや)応無しにかかわってゆく。まず何よりも、この小説は、一風変わった「芸術(家)小説」である。
 だが、ここにもうひとりの人物が登場する。それはなんと「ミシェル・ウエルベック」である。世間のイメージそのままのスキャンダラスで嫌われ者のウエルベックに、ジェドは自分の展覧会カタログへの寄稿を依頼し、作家の肖像画を描くことになる。孤独な芸術家と孤立した小説家は不思議な交流を結ぶ。だが、そこに或(あ)る事件が起こる……予想もつかない展開に、読者の多くは驚愕(きょうがく)することだろう。それはまるで、小説のジャンルが一変してしまったかのようでさえある。だがその後には、深く苦い納得が待ち受けている。完璧な、決然としたペシミズム。純然たる絶望。だが、それはなぜか奇妙に清々(すがすが)しいのだ。
    ◇
 野崎歓訳、筑摩書房・2835円/Michel Houellebecq 58年、仏生まれ。小説家。『素粒子』『ある島の可能性』など。

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