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花森安治伝―日本の暮しをかえた男 [著]津野海太郎

[評者]内澤旬子(文筆家・イラストレーター)

[掲載]2014年02月02日

[ジャンル]ノンフィクション・評伝

表紙画像

■「まちがった後」を生ききる

 花森安治といえば、センス抜群のイラストとグラフィックデザイン。そして広告を潔く排し、地道すぎるほど地道に行われた商品テストを載せた雑誌「暮(くら)しの手帖」。
 1980〜90年代、広告収入に依存した雑誌全盛の時代、すでに花森亡き後であるが、この雑誌の、消費社会に徹底抗戦するかのごときたたずまいは、書店で孤高のオーラを放っていたのだった。それが世紀が変わり、景気の悪さも板に付いた頃か、若い世代からのいわゆるロハス的な視点の再評価が始まった。嬉(うれ)しい一方、何か引っかかる。
 本書を読んで腑(ふ)に落ちた。花森安治には、第2次大戦時に大政翼賛会の宣伝部に在籍し「お国のために」懸命に働いていた時期があった。
 後年、「暮しの手帖」が百万部越えの国民雑誌となり、女装の反戦論者として有名になると、戦時中はあんなことをしていたくせにという揶揄(やゆ)があがったという。
 黙してなにも語らなかった花森の真意はどこにあったのか。裕福でなかった家庭、帝大在学中の就職と結婚、化粧品会社広告部に就職するも、1年で出征。そして病で除隊となり大政翼賛会へ就職。著者は丹念に戦前からの花森の軌跡を追い、才能に恵まれながらも妻子を抱え、先の見えない世情に翻弄(ほんろう)される若者の姿を浮かび上がらせる。
 戦後、花森は「女性の暮し」を良くすることで日本を変えようと「暮しの手帖」を作る。個人の責任で判断し発信するため、一点の妥協も許さずすべての組織と無縁に、君臨する。まるで「紙の砦(とりで)」。そんな偉業をなし遂げた万能編集長、どこにもいない。長らく編集長を経験した著者ならではの花森への共感と距離感が心地よく響く。
 人はだれでもまちがう。その後、どう生きるかだと著者は説く。今度こそまちがわないという、狂気じみた覚悟で花森は「まちがった後」つまり戦後を生ききったのだ。
    ◇
 新潮社・1995円/つの・かいたろう 38年生まれ。評論家。「季刊・本とコンピュータ」総合編集長などを歴任。

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