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座談の思想 [著]鶴見太郎

[評者]鷲田清一(大谷大学教授・哲学)

[掲載]2014年02月09日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■魅力引き出す優れた「しきり」

 「だらだら書いてから字数調整するのは素人よ。私なんか書き終えたときには字数がぴったり合っている。プロだから」。そう平然とのたまう作家に会って、縮こまったことがある。同じ意味で、この本は言論のプロの話である。
 座談は垂れ流しのおしゃべりではない。もっと立体的なものだ。一言一句も疎(おろそ)かにしないそんな文章のプロが、ふと舞台裏をのぞかせ、迷いやすきを見せたり、あるいは逆に、思わぬ展開に身をまかせて大胆な仮説を口にしたりするのが、座談の魅力だ。そして文章家からそんな気前のよさを引きだすのが、座談の優れたしきり手だ。
 話がばらけるのはだめ、話を手際よくまとめるのもだめ。「話し手の口が自然にほぐれていく」よう気遣いながら、議論としては研ぎ澄ましてゆく、そんな場を拓(ひら)く才人として、著者は、融通とデリカシーを併せもった菊池寛、「大きく掴(つか)み、小さく掴む」力量をおおらかに発揮した桑原武夫、心底「雑談好き」の丸山真男、言いよどむことの多い「寡言な“鈍才”」竹内好らを挙げる。それぞれに、「その人物からしか聞けない言葉を引き出すこと」「思いがけない話が聞けること」に長(た)けた面々である。これと対照的に、最後まで慄然(りつぜん)と対峙(たいじ)したままの柳田国男と石田英一郎の対談や、明晰(めいせき)な洞察のあいだに「間欠泉のように感情を爆発させる」中野重治の例も気をそそられる。
 著者は、これらの座談をきっともっと詳しく写し取りたかっただろう。かわりにこれらの座談から著者がいわば反照的に向きあわされたのは、座談における「誠実さ、そこから生まれる相互の信頼が試されることのない状態がかくも長く続いている現在」の言論への憂いである。
 書物の装幀(そうてい)へのこだわりと並んで、対談が雑誌の巻頭を飾ることが多いこの国の出版文化の特質についても、あらためて考えさせられる。
    ◇
 新潮選書・1470円/つるみ・たろう 65年生まれ。早稲田大学教授(日本近現代史)。『柳田国男入門』など。



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