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私のなかの彼女 [著]角田光代

[評者]三浦しをん(作家)

[掲載]2014年02月16日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■紡いでいる「物語」がちがうから

 祖母が生前、小説を出版していたことを知った和歌は、自身も新人賞に応募し、作家として身を立てるようになる。イラストレーターである恋人の仙太郎との齟齬(そご)、作家になった和歌を認めない母親との軋轢(あつれき)。
 20年に及ぶ和歌の恋愛と仕事の変遷を、文章は臨場感をもって映しだす。心身の温度やにおいが迫ってきて、和歌が、仙太郎が、マンションの隣室の住人であるかのように、いや、私自身であるかのように思えてくる。
 この小説を読んで、「創作」という行いにひそむ壮絶さを感じ取るひともいれば、女性の生きづらさや働くことの難しさに思いを馳(は)せるひともいるだろう。
 しかし、本作はもっと普遍的で本質的な部分をも撃ち抜いていると感じる。たとえ、ものを作る仕事に就いていなくても、和歌と性別や立場がちがっても、この小説が静かに、だが実は奔流のごとく語ろうとしていることと、無縁でいられるひとはいない。
 それは、私たちは「物語」から逃れられない、ということだ。事実はひとつだが、私たちは各自にとって都合のいい「物語」を紡ぎ、それこそが「真実」だと信じる。信じたふりをして日常を送る。
 「まったく同じ言語で会話して」いても、私たちがしばしば断絶を感じるのは、紡いでいる「物語」がちがうからだ。それぞれが紡いだ異なる「物語」を通してしか、私たちは世界を認識できず、愛や希望を感じられない。この残酷、滑稽、非情な理(ことわり)を、本作は容赦なく描きだす。
 さびしさの根源を白日のもとにさらし、しかしそれでも、だれもが「物語」を紡ぎつづけるほかないのだと暗示する本作は、通じあえる一瞬の到来を願って、「物語」の檻(おり)のなかでもがき生きる私たちのために、この小説を読むあなたのために紡がれた、哀(かな)しいほどうつくしい物語なのだ。
    ◇
 新潮社・1575円/かくた・みつよ 67年生まれ。作家。05年『対岸の彼女』で直木賞。『かなたの子』など。



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