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フェアな未来へ―誰もが予想しながら誰も自分に責任があるとは考えない問題に私たちはどう向きあっていくべきか [編]W・ザックス、T・ザンタリウス

[評者]水無田気流(詩人・社会学者)

[掲載]2014年02月16日

[ジャンル]社会 国際

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■「予防的公正」は処方箋となるか

 「公正(フェア)」とは何か。これは倫理的な問いに留(とど)まらず、私たち自身の利益に直接影響を与える問題だと本書は述べる。たしかに私たちは、世界規模での不公正には関心が向かいづらい。目前の欠乏や不利益である予算不足や失業率にはすぐに影響されるが、気候変動や貧困、さらには国際的な資源競争などについては、自分たちの手に負えない話のように考えてしまう。だが、この見解そのものを改めるべき時期が来たようだ。
 今の世界では、資源争いは局地的な問題にとどまらない。たとえば近年の中東の歴史は国際世界の石油問題と密接な関わりを持つ。巨大な人口規模を誇る中国やインドが海外資源を大食いしていくことも、世界に影響を与えずにおかない。これらは単なる資源不足の問題でも、安全保障の未整備でもなく、最終的には、公正(フェア)か不公正(アンフェア)かの問題に行き着くという。
 印象に残ったのは「予防的公正」という概念である。人類史を紐解(ひもと)けば、古代ギリシャの時代から、成功した社会の維持に不可欠なものは「公正の原則」である。今日公正さは、グローバル化により一国内のみならず世界規模で考えねばならない課題となった。これまでグローバル化の推進者たちは、自らの利権の追求にばかり野心を燃やし、公正さを念頭に置いて来なかった。この結果出来上がった不公正な世界では、新たな紛争の火種やテロの脅威が蔓延(まんえん)し、社会の成立基盤までもが脅かされる事態となった。だがテロ撲滅の旗印と紛争地域への軍事介入は、結局のところ「予防的戦争」を招くものでしかない。これに代わり、公正と環境への配慮から成る介入によって、テロも紛争も平和的に予防すべきだと本書は述べる。公正はもはや慈善事業の問題ではなく現実的な政策理念なのだ、と。
 公正さの見直しは、「豊かさ」そのものの見直しへと結びつく。いわゆる「幸福のパラドックス」、つまり経済成長が一定水準を超えると個人の幸福感はむしろ低減するという皮肉な事実が示唆するように、もはや時代遅れになった豊かさモデルが、亡霊のように世界にうごめいているのを実感した。公正さを無視し、旧来の豊かさモデルを刷新することなく放置すれば、世界はやがて一部の国に資源が集中した「グローバルアパルトヘイト」となるだろう。これを防ぐためには、すべての人々を包摂し、かつ居住可能な環境を保持する「グローバル民主主義」を目指すべきだ——本書では、エコロジカルで公正な社会を作り上げることの意義が、繰り返し真摯(しんし)に説かれていく。この意見を理想主義的と一笑に付すか、現実を変える処方箋(せん)と見るか。判断は読者諸氏にお任せしたい。
    ◇
 川村久美子訳・解題、新評論・3990円/Wolfgang Sachs ドイツの環境シンクタンク「ヴッパータール気候・環境・エネルギー研究所」のベルリンオフィス所長。Tilman Santarius フリーのサイエンスライター。NGO「グリーンウオッチ」理事。



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