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日本インテリアデザイン史 [著]鈴木紀慶・今村創平

[評者]隈研吾(建築家・東京大学教授)

[掲載]2014年02月16日

[ジャンル]アート・ファッション・芸能

表紙画像

■闘争から離れ、浮遊する美しさ

 現在日本のインテリアデザインは、その質とユニークさにおいて、世界でもトップのレベルにある。しかし、今まで、その包括的な歴史をカバーする書物がなかった。その意味で本書は画期的であり、その意義は大きい。
 しかし、読み終えて、なぜ、今までインテリアデザインの歴史が書かれなかったかも、納得した。一言でいえば、日本のインテリアデザイン自体が「歴史」というものが伴うはずの葛藤、その結果としての、ダイナミズムを欠いているのである。すなわち、日本のインテリアデザインはポスト「歴史」、ポストヘーゲル的な真空状態を漂っているのである。世界史を見渡してみれば、インテリアデザインとは、本来闘争の場だった。階級や貧富の差異、都市と地方との格差、様々な対立、ギャップが、インテリアという立場を通じてせめぎあっていたのである。
 そのような緊張が、日本でも70年代の一瞬にだけあったことが本書からも伺える。その時、「商業空間だってインテリアというアートになりえる。」という発見、いや革命があった。68年に端を発する革命の時代が、日本のデザインの最も輝いた時代であった。倉俣史朗、内田繁、杉本貴志たちの世代がこの革命の主役であった。革命を突き抜けた後も、デザインの質が落ちたわけではない。世界をリードする、繊細で抽象的空間を日本は発信し続けた。しかしそこには、「敵」というものの姿がどこにも見えない。無重力空間を一人浮遊しているような美しさなのである。
 どこかで似たものを見た気がした。上質な数奇屋である。美しく、繊細で、日本人以外には到達しようのない境地。しかし、そこには敵が見えない。「それがなんなの?」という種類の孤立した洗練が、ただただ継続するのである。それが日本という閉じた場所の宿命なのだろうか。それともポストヘーゲル的な時代の産物なのだろうか。
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 オーム社・3465円/すずき・のりよし 56年生まれ、編集者。 いまむら・そうへい、66年生まれ、建築家。



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