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渡良瀬 [著]佐伯一麦

[評者]佐々木敦(批評家・早稲田大学教授)

[掲載]2014年02月23日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■労働の日々、淡々と活き活きと

 1993年から96年まで、月刊文芸誌「海燕(かいえん)」に連載されたが、雑誌の終刊によって中絶したままになっていたのを、このたび17年ぶりに続きが書き下ろされて完成の運びとなったのが本書である。佐伯一麦の他の小説と同様、いわゆる私小説であり、主人公はほぼ作者自身だと言ってよい。物語られるのは、88年の9月から89年の春先まで、すなわち昭和の終わりから平成のはじまりにかけて、である。
 まだ20代だが妻と3人の子を持つ南條拓は、思う処(ところ)あって東京から茨城県西部の古河市に移り住み、配電盤の製造工場に勤め始める。妻の神経過敏、長女の緘黙(かんもく)症、息子の川崎病といった複数の家族の問題を抱えながら、彼は様々なタイプの工員たちと触れ合いつつ、労働の日々を過ごしてゆく。題名は、拓が休日に赴く渡良瀬遊水地から採られている。
 私小説であるから、ドラマチックな物語性などは、ほぼ皆無である。淡々と、だが活(い)き活きと描かれる工場生活の背景には、しかし常に、昭和天皇の刻々と変化する病状と「自粛」の様子が存在している。また、言うまでもなく渡良瀬遊水地は足尾銅山鉱毒事件による渡良瀬川の汚染浄化のために造られた遊水池である。しかし、かといってそれらは、たとえば「私」と「国家」の対峙(たいじ)などといった大がかりな主題には、少なくとも表面上は展開していくことはない。
 そうではなくて、もっとも言葉を尽くされているのは、明らかに配電盤それ自体の描写である。これほどまでに精緻(せいち)かつ詳細に電気配線のことが書かれた小説は、まず他にないだろう。作者の筆致は、ほとんど優雅でさえある。新たに書き足されたエピローグは、凜(りん)とした美しさを放つ。と同時に、ここからすでに四半世紀が過ぎているのだと思い出し、私はいささか愕然(がくぜん)とする。読み終えてから、じわじわと高まってくるものがある、そんな小説である。
   ◇
 岩波書店・2310円/さえき・かずみ 59年生まれ。作家。『鉄塔家族』で大佛次郎賞。『ノルゲ』で野間文芸賞

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