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グローバリゼーション・パラドクス―世界経済の未来を決める三つの道 [著]ダニ・ロドリック

[評者]水野和夫(日本大学教授・経済学)

[掲載]2014年03月02日

[ジャンル]経済 国際

表紙画像

■破綻した「信じがたい仮説」

 先日、米連邦準備制度理事会が公開した2008年の議事録によれば、金融グローバリゼーション推進の舵(かじ)取りを任されていたバーナンキ議長(当時)はリーマン・ショックの翌日、金融政策を決定する会合で危機感を抱いていなかった。また、アベノミクスの成長戦略の重要な柱であるTPP交渉が、日本が最も強固な同盟国だと信ずる米国との間でまとまらない。
 これらはグローバリゼーション礼賛者からすれば苦々しい事態であるが、本書を読めば、起こるべくして起きたということになる。
 金融グローバリゼーションは「市場には、自発的な参加者がいれば、ほかに必要とされるものはほとんどない」という「信じがたい仮定」の上に成り立っている。発展途上国は望み通りの変化を起こす「魔法の杖のようなものを持っている」とも。それを信じたアルゼンチンは破綻(はたん)した。
 貿易と投資のグローバリゼーションの象徴であったTPPに関しては、「貿易によって激しい分配上の対立が生じる」にもかかわらず、主流派経済学者はそうしたことは話そうとはしない。本当は誰かが「1ドルの『純』利益を得るごとに、諸集団間に50ドルの所得移動が起こる」。すなわち貧しくなる人が出る。「痛みなき利益はない」のだ。
 著者の結論は明快だ。「ハイパーグローバリゼーション、民主主義、そして国民的自己決定の三つを、同時に満たすことはできない」のだから、必要なのは「ハイパー」ではなく統治可能な「賢いグローバリゼーション」なのだ。
 評者はこの結論に賛成である。当時主流派の名だたる米国経済学者は著者の関心を「あざ笑った」そうだが、リーマン・ショックを契機に宗旨替えした。それにひきかえ「アメリカ出羽の守」である日本の主流派経済学者たちは頬かむりを決め込んでいる。「最終的な審判を下す」経済学者として信義則違反だ。
    ◇
 柴山桂太・大川良文訳、白水社・2310円/Dani Rodrik 57年トルコ生まれ。米プリンストン高等研究所教授。



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