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父 吉田健一 [著]吉田暁子

[評者]隈研吾(建築家・東京大学教授)

[掲載]2014年03月02日

[ジャンル]人文

表紙画像

■悲しみに縁どられ、より輝く

 吉田健一の娘・暁子による父が描かれる。われわれの知らない父・健一の新しい顔が見えたというより、父の文学自体が、少し違ったニュアンスを帯びて見えてくるような新鮮さがあった。
 吉田の文学に、一種の陰影がついたように感じたのである。吉田の文学の最も重要なテーマは時間であった。上質の酩酊(めいてい)状態と同様の、終わりなく永遠に流れる時間を吉田は描こうとした。高度成長期の日本の仕事一筋、「まじめな時間」に対する批評が、根底にあると感じていた。
 しかし吉田は実際の人生において、驚くほどに禁欲的な時間割りを自らに課して執筆に励んだことが明かされる。そしてその密度の高い執筆活動の只中(ただなか)で、あたかも過労死のようになくなった。その節制と、死の様子を知ることで、吉田が描いた流れ続ける時間がより陰影を伴った、彫りの深いものに見えてきた。人生の本質である悲しみに縁どられ、それゆえにより輝くものに見えてきたのである。
    ◇
 河出書房新社・1890円


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