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生命の哲学 知の巨人フェヒナーの数奇なる生涯 [著]岩渕輝

[評者]荒俣宏(作家)

[掲載]2014年03月09日

[ジャンル]人文 ノンフィクション・評伝

表紙画像

■「光の世界」求め唯物論と激闘

 19世紀の「知の巨人」フェヒナーは、科学、哲学、美学を「光の世界観」という概念で統合しようとした。だが、その領域が広すぎて、死後の生存から「植物の内面生活」までに及んだため、宗教やオカルトとも誤解され、真価を把握するのが困難だった。だが、その業績の全貌(ぜんぼう)を徹底的に紹介できる研究家が、ついに日本にも登場した。この仕事のためにドイツ語を一から学んだという情熱も尋常ではない。
 フェヒナーは世界を、科学的に実体を探究できる「物質面」と、探究しえない「ゼーレ面」とから構成されると考えた。ドイツ語のゼーレは心や霊という心理学的な意味もあるが、生命現象をもたらす生理学的な原理をも意味する。
 ところが彼の時代に優勢となる唯物論は、生物を死物の機械として取り扱い、色彩や音響も脳が作りだす幻であって「世界の実相は無色無音の暗黒だ」と唱えた。一方フェヒナーは色彩や光の研究で目を痛め、闇の世界で暮らした体験からも、そうした闇の世界観を受け入れ難かった。この世が生命体であり、目に見える通りの色や音に満ちた「光の世界」であることを実証すべく、彼は文字どおり近代唯物論と激闘した。
 本書最大の成果は、生命をめぐる19世紀科学思想史をフェヒナーの生涯と並行させつつ巧みに要約した点にある。ここまで書き込んだからこそ、彼の巨大さが一般読者に伝わった。本書を読んで改めて驚愕(きょうがく)したことも多い。フェヒナーは、西田幾多郎により『善の研究』の冒頭で言及されたのを始め、黒と白に塗った独楽(こま)を回すと色彩が現れる「ベンハムの独楽」の真の開発者であり、心の活動を計測的に捉える精神物理学の創始者としては、ついに美感覚までも「黄金分割」のように数値化して正統科学に貢献した。その一方、ロマン派由来の世界観はフロイトからマーラーまで多数の後進に影響を与えているのだ。
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 春秋社・4200円/いわぶち・あきら 62年生まれ。明治大学情報コミュニケーション学部准教授(生命論)。

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