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ヴィクラム・ラルの狭間の世界 [著]M・G・ヴァッサンジ

[評者]小野正嗣(作家・明治学院大学准教授)

[掲載]2014年03月16日

[ジャンル]文芸 人文

表紙画像

■いびつな社会生きる「よそ者」

 最初は戸惑うかもしれない。主人公はヴィクラム・ラルという、国家的な汚職事件に関わって逃亡中のインド系の男。そして彼の追憶が向かうのは、まだ大英帝国の植民地であった1950年代のケニアの地方都市なのだから。
 支配者のイギリス人、鉄道建設の労働者として来たインド系住人、マサイやキクユやルオなどの現地人から成るケニアの複雑でいびつな植民地社会。しかし人種や階級の分断線を子供は越える。ヴィクラム少年が、妹のディーパ、ケニア人の親友ンジョロゲ、イギリス人の兄妹ビルとアニーと夢中で遊ぶ姿を追っていくうちに、我々はぐいぐい小説世界に引き込まれている。
 しかしイギリス人兄妹の死をきっかけに、美しい幼年時代は終わる。ケニアは独立を遂げるが、ヴィクラムらインド系住民は、たとえケニア国籍であろうが、〈よそ者〉として差別される。だがインドに帰ってもアフリカ育ちの彼らは〈よそ者〉である。
 アフリカとインドの〈狭間〉で生きるのを余儀なくされるヴィクラム。商人として成功するが、それは彼の意志ではなく、限られた選択肢しかない〈狭間〉で、ケニア人支配権力の顔色を窺(うかが)いながら振る舞った結果でしかない。
 どこまでも受動的なヴィクラムとは対照的に、妹のディーパと親友ンジョロゲは、主体的に運命をつかもうとする。幼年期の淡い思いが、燃える本物の恋に変わる。だが愛し合う二人の前に、アフリカ移住後も故郷の宗教と伝統に固陋(ころう)するインド系コミュニティーが立ちはだかる。そして独裁化していく政権に対して批判を強めるンジョロゲの身にも危険が迫る……。
 ヴィクラムは何をしたのか? イギリス人兄妹の死の背後には何が? 忘れえぬ魅力的な人物たちと、息をつかせぬ、だが我々に思考を促す深みのある物語。政治小説、歴史小説、教養小説、恋愛小説のすべてがここにはある。
    ◇
 小沢自然訳、岩波書店・3360円/M.G.Vassanji 50年ケニア生まれ。カナダ在住。本書が初の邦訳。


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