書評・最新書評

ピース [著]ジーン・ウルフ

[評者]佐々木敦(批評家・早稲田大学教授)

[掲載]2014年03月23日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■なんと魅惑的な曖昧と不安定

 ジーン・ウルフは、まったくもって一筋縄でいかない作家である。日本でもマニアックな人気を誇る彼は、あえてジャンル分けをするならSF/ファンタジーの小説家ということになるのだろうが、フィクションに、生半可な理解や納得よりも謎と混乱を求める、全てのすれっからしの読者に、過剰なまでの満足を与えてくれる。『ピース』は、ウルフが1975年に発表した比較的初期の長編小説である。
 語り手の「ぼく」は、オールデン・デニス・ウィア、アメリカ中西部の片田舎の町キャシオンズヴィル(ちなみに架空の地名)に独居する老人である。この土地の旧家の最後の末裔(まつえい)であり、裕福な実業家として人生をまっとうし、すでに引退しているらしい彼は、広大な屋敷内をうろつきながら、幼年時代から現在までの自らの過去を、とりとめもなく、むやみと断片的に、だが濃密に回想する。少年の頃に同居していた美人の叔母オリヴィアと、その3人の求婚者たちの思い出は、やがて複雑怪奇な渦を描いて、あっけなく時間と空間を跳び越え、無数の不可思議な物語を紡いでゆく。神話や幻想、妄想や夢に属するとおぼしきエピソードが、次々と語り出されては、横滑りし、枝分かれし、肝心な所でなぜか中絶し、いつのまにか別の話に変化してしまったりする。すべての出来事が、どこからどこまでが本当にあったことなのか、誰が本当のことを話しているのか、そもそも「ぼく」の語りは、果たして信頼に足るものなのか、まるきり定かでなくなってゆく。だがしかし、その曖昧(あいまい)と不安定の、すこぶる魅惑的なことといったら!
 訳者の西崎憲は、解説でこう述べる。「ウルフは嘘(うそ)をつかない。ただ描写するだけだ。嘘をつく人間を」。これこそ、まさにウルフの真骨頂だ。小説を読む悦(よろこ)び、物語を読む愉(たの)しみ、その底なしの深み、そのおそろしさを、とことん味わわせてくれる傑作である。
    ◇
 西崎憲・館野浩美訳、国書刊行会・2520円/Gene Wolfe 31年生まれ。作家。『ケルベロス第五の首』など。

関連記事

ページトップへ戻る