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潮の騒ぐを聴け [著]小川雅魚

[評者]出久根達郎(作家)

[掲載]2014年03月23日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■地方色豊かな随筆の傑作

 著者に会ってみたい。これは読後感で最大のほめ言葉だろう。読み終わって、著者が身近な人に思える。酒を酌みながら、お話をしたい。もっともっと、いろんなことを聞きたい。著者の顔を見てみたい。
 こんな気持ちになったのは、久しぶりである。久しぶりに面白い本を読んだ。エッセイ集の、傑作である。書名もいい。潮騒(しおさい)を聴けでなく、潮の騒ぐ、である。もっともなぜいいのか。理由を問われると答えられぬ。ひいき目というやつだろう。
 著者の名は本名だろうか。「まさな」と読むようだが、むずかしい。漢字は異なるが、まさなは正しくないことで、まさなごとは、戯れごと、冗談ごとをいう。本書の三分の一は、本文の注釈ページである。注釈が、もう一つの本文になっている。つまり、読み応えのある内容なのである。
 たとえば、著者の故郷・渥美半島の大アサリについて、話が始まる。アサリの潜水漁から、ミル貝の美味に話が移り、突然、美空ひばりの名が出て、ここで注釈番号が入る。読者は急いで指示の注釈ページを開かねばならぬ。すると、ひばりが三歳で百人一首をそらんじていた、という話題がある。伝説でなく、ひばりの守(も)りをした人の直話とある(百首のうち九十五首、九十二首、七十五首との説も)。
 ひばりのジャズが絶品で、ミル貝を肴(さかな)に聴けば地上の楽園と述べ、潜水病の話になり、潜水名人の体験談となる。海の底は案外に騒がしく、網を引く滑車が海底を転がる音、漁船のエンジン音、格段にうるさいのが、伊勢湾に入ってくる駆逐艦の超音波探信儀の音という。
 著者の話法は縦横無尽で逸脱自在、注釈ページが必要なわけ。インド学者松山俊太郎の博学ぶりから、元投手の池永正明訪問に及ぶ。支離滅裂のようだが、どっこい、一本の綱に綯(な)ってある。地方色豊かで、世間知の宝庫。これぞ随筆の王道。著者は、何者
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 風媒社・1575円/おがわ・まさな 51年生まれ。椙山女学園大学教授(英米文学と文芸社会学)。

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