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ル・コルビュジエ 生政治としてのユルバニスム [著]八束はじめ

[評者]隈研吾(建築家・東京大学教授)

[掲載]2014年03月23日

[ジャンル]政治 人文

表紙画像

■反転する地域主義と普遍主義

 モダニズム建築の「神様」としてたてまつられてきたル・コルビュジエが、フーコー的な権力分析の手法によって、見事なまでに解体され、裸にされた。
 従来のコルビュジエ評価は二分される。19世紀以前の旧態依然とした様式建築、装飾的建築を粉砕した、合理主義者、改革者としてのコルビュジエ。対極の評価は、20世紀流、工業社会流の殺伐とした非人間的空間の原型を作った、犯罪者としてのコルビュジエである。
 著者は、そのどちらでもない新しいコルビュジエ像を提示する。天使でもなく、悪魔でもない。著者は、それをコルビュジエの中の矛盾として説明せずに、コルビュジエの必然的、宿命的遍歴として示す。
 一般にコルビュジエは、国際主義者、グローバリストと考えられてきた。しかし、著者の描くコルビュジエは、スイスの片田舎のユグノーの家に生まれ、地域主義者としてスタートし、活動領域の拡大につれて、1920年代に国際主義者に転じ、30年代には、地中海人というアイデンティティーにめざめ、再び地域主義に復帰する。コルビュジエのトレードマークとも呼べるフラットルーフの白い箱が、国際主義の象徴から、地中海の地域主義のシンボルへと反転したのである。
 地域主義と普遍主義は対立するものではなく、カードの裏表のように容易に反転可能であるという、フーコー的認識が視座にある。普遍主義の権化とも見えるナポレオン3世が、いかにフランスの地域主義を育てたか、そしてフランスの植民地政策が拡張主義でありながら、いかに地域主義的であったかが示される。
 この複雑なネジレがコルビュジエ建築の強さを生んだ。地域主義を目的として海外からも建築家を招いた、熊本アートポリスに著者は関わった。このプロジェクトの「ネジレ」に対する、著者の個人的感想も聞きたくなった。
    ◇
 青土社・2940円/やつか・はじめ 48年生まれ。芝浦工業大学教授(建築論)。『メタボリズム・ネクサス』など。

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