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辞書になった男 ケンボー先生と山田先生 [著]佐々木健一

[評者]出久根達郎(作家)

[掲載]2014年03月30日

[ジャンル]文芸 社会

表紙画像

■編纂者2人の訣別、語釈に現れる心理

 小説よりも面白い。評言は、この一言に尽きる。
 何が、面白いか。小説のような事実だからである。
 辞書が小説とは思わなかった。神聖な学術書、だと信じていた。何しろ私たちが日常用いる言葉の、正しい意味や、正しい用い方を教えてくれるのである。辞書を編纂(へんさん)する人たちは神さまだと思い込んでいた。
 そう、人たちである。国語辞典は大勢の学者が集まって作るのだ、その中の代表者が監修という名目で、表紙や奥付に記載されているのだ、とてっきり思っていた。そうではないことを本書で知った。そして一生を懸けた辞書編纂の仕事が、国語学界では評価されていないどころか、軽んじられている事実も。何より驚いたのは、辞書の語義がそれぞれ微妙に異なることである。それは「暮しの手帖(てちょう)」事件以来なのだ。どんな事件であったのか。辞書の内容を一変させた事件の詳細は、本書をひもといてもらうしかない。
 本書のすばらしさは、ある辞書の一語の不可解な用例に注目したこと。いや、この用例の奇妙さを指摘したのは、赤瀬川原平氏の『新解さんの謎』であった。著者は氏の「何か私小説を感じる」という直感に触発され、その何かを追求していく。謎の一語とは、「じてん」である。辞典でなく、時点。
 二人の著名な辞典編纂者が登場する。著名と言ったが、果たして一般人にどの程度知られているか。
 一人は、「ケンボー先生」こと見坊豪紀(けんぼうひでとし)。もう一人は、「山田先生」こと山田忠雄(やまだただお)。見坊が二歳上。二人は東大国文科の同級生である。仲の良い友だち同士、一冊の辞典を作りあげた。それがある「時点」で、突然、たもとを別(わか)つ。何があったのか? 誰もが戸惑った事件。謎を解く鍵は、「時点」という言葉の用例にあったのである。
 どうです、面白いでしょう? 「時点」だけではない。二人は訣別(けつべつ)したあと、それぞれの名による独自の辞典を編纂するのだが、著者は二つの辞典の語釈や用例の違いに注目。その記述の変遷から両者の心理の動きを解剖する。
 この辺りは上質の推理小説を読むような感興である。作り事でないから、尚更(なおさら)、興が募る。
 たとえば、「ば」という語の用例をケンボー先生は、こう記す。「山田といえば、このごろあわないな」。山田という個人名が使われている。一方、山田先生の辞書で、「ごたごた」の語例を引くと、「そんなことでごたごたして、結局、別れることになったんだと思います」。
 二人は辞書を用いて対話を試みているのだ。そして意外な、驚くべき真相。二人の学者の奇妙な友情。字引は小説より奇。名言なり。
    ◇
 文芸春秋・1890円/ささき・けんいち 77年生まれ。NHKエデュケーショナルのディレクター。「にっぽんの現場」「仕事ハッケン伝」を担当。本書のもとになった番組は昨年4月、NHKBSで放映され、ATP賞最優秀賞に。

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