書評・最新書評

1971年 市場化とネット化の紀元 [著]土谷英夫

[評者]水野和夫(日本大学教授・経済学)

[掲載]2014年03月30日

[ジャンル]IT・コンピューター 社会

表紙画像

■ドルが動き、すべてが動いた

 つくづく「グローバル化には明確な定義はない」(『グローバル・トランスフォーメーションズ』D・ヘルド他編)と思う。定義がないから必然でもあるし、そうでもない。本書は必然の立場にたち、後者の代表が『グローバリゼーション・パラドクス』(ダニ・ロドリック)だ。
 どちらを支持するにせよ、いま進行中の「ネット社会」や「グローバル化」の起源が1971年にあるという本書の主張に異論は出ないであろう。71年8月にニクソン米大統領(当時)は「不動のドルに各国通貨が決まった比率で釘付けされて」いたブレトンウッズ体制を崩壊させ、その1カ月前には、中国訪問計画を公表して世界を驚かせていた。この二つの「ショック」はベトナム戦争の苦境から脱するための切り札だった。
 太陽(ドル)が動いたことで、シカゴマーカンタイル取引所のレオ・メラメド会長が通貨先物取引を始めた。少年時代に経験したナチスからの「逃避行」が彼に通貨先物を思いつかせたのだった。
 「情報と市場は切っても切れない関係にある」から「市場化」が加速・深化するには「情報化」の技術革新が必要となる。71年にインテルがマイクロ・プロセッシング・ユニットの開発に成功しなければ、そしてレイ・トムリンソンが「@」を入れたメールで異なるPC間のネットワーク化に成功しなければ今の世界経済システムはなかった。
 情報技術のその後の発展はメラメドの「先物市場は場立ち取引でのみ成功する」との予想を覆し、ニクソンの「投機家を封じ込める」との思惑も吹き飛ばした。人間の制御が及ばない領域に入った「市場化」(「情報化」)に身を委ねるのか、引きとどめるのか。その違いが克服できない以上、グローバル化の定義は定まらないし、先住者や民族文化を蹂躙(じゅうりん)するという「原罪」を抱えたまま、グローバル化は良くも悪くも進んでいく。
    ◇
 NTT出版・1995円/つちや・ひでお 48年生まれ。日本経済新聞で編集委員、論説委員などを歴任し昨年退社。

関連記事

ページトップへ戻る