書評・最新書評

ホーム [著]トニ・モリスン

[評者]小野正嗣(作家・明治学院大学准教授)

[掲載]2014年03月30日

[ジャンル]文芸 人文

表紙画像

■人生取り戻す「故郷への帰還」

 トロイア戦争から帰還する英雄の遍歴を歌った古代ギリシアの『オデュッセイア』のように、文学は〈故郷への帰還〉を好んで描いてきた。ノーベル賞にも輝いた黒人女性作家が、80歳を越えたいま、選んだのがまさにこの主題だというのは興味深い。
 主人公の黒人青年フランクは、朝鮮戦争での兵役を終えて帰国後、愛する妹シーの消息を伝える一通の手紙を受け取る。「遅れたら、彼女は死んでますよ」。妹を取り戻し、彼女を故郷ジョージア州ロータスに連れて帰るためのフランクの旅が始まる。
 モリスン版『オデュッセイア』? だが叙事詩の英雄とはちがい、フランクは戦争で心に癒やしがたい傷を負っている。ともに従軍した幼なじみたちの最期、戦場で犯した忌まわしい暴力の記憶が不意に甦(よみがえ)っては彼を混乱させる。
 この故郷への帰還が、フランクだけでなく、女性たちの視点からも描かれた物語でもあるところは、さすがトニ・モリスンである。自分の家を持とうと奮闘する、フランクの元恋人リリーや、ロータスに生きる女たちの姿が読者の心を強く打つのは、彼女たちが人種差別や貧困のなかでも、己の人生に、そして自分を必要とするものすべてに、責任を持とうとしているからだ。
 兄に救出された瀕死(ひんし)のシーは、ロータスの女たちのおかげで回復するが、子供を産めない体になる。彼女がその悲しみを受けとめ、自立した女性として覚醒していく光景は神話の一場面のように美しく、兄にもまた己の過去と直面することを促す。
 物語の最後、兄と妹は幼い頃に目撃した暴力の犠牲者の骨を探しあて、シーの作ったキルトに包み、一本の木の根元に埋葬する。そう、そこからなら二人は人生をもう一度生き直すことができる。〈死者〉と〈未(いま)だ生まれぬ者〉とが〈生者〉によって結ばれる場所。そここそが文学がつねに立ち返るべき〈ホーム〉なのだ。
    ◇
 大社淑子訳、早川書房・2520円/Toni Morrison 31年米国生まれ。93年にノーベル文学賞。『ビラヴド』など。

関連記事

ページトップへ戻る