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熊野・新宮の「大逆事件」前後——大石誠之助の言論とその周辺 [著]辻本雄一

[評者]荒俣宏(作家)

[掲載]2014年03月30日

[ジャンル]人文 ノンフィクション・評伝

表紙画像

■木の国に新思想の奇人が結集

 和歌山県は、木の国である。近代まで森林の恩恵で経済と文化を繁栄させてきた地域だが、その森林がいま急激に荒廃しつつある。原因の一つは、南方熊楠が体を張って阻止しようとした放埒(ほうらつ)な森林伐採にあるが、林業の不振で森が放置されだしたことも大きい。そうした紀州熊野の一角、新宮市で1910年、「明治天皇暗殺計画」の容疑者逮捕事件が起きた。だが、この「大逆事件」も、林業の盛衰を事件に重ね合わせることで、事実を超えた「真実」が見えてくる。
 明治末期、新宮は木材の集散地として繁栄を極め、その平均地価が東京日本橋の半分に達していた。当然ながら金で牛耳る実業家が現れ、新思想の革新派がこれに対抗する。熊楠が田辺に現れた頃、新宮では熊楠以上に個性的な「紀州の奇人たち」が、すでに結集していたのだ。
 県内で禁じられていた娼館(しょうかん)設置が新宮で強行されると、医師であり文化人でもあった大石誠之助、僧侶の高木顕明、牧師の沖野岩三郎らが、人道の立場から廃娼を主張して立ち上がる。後に熊楠とともに神社合祀(ごうし)反対を叫ぶ社会主義的な「牟婁(むろ)新報」も、管野スガや荒畑寒村に論陣を張らせ、詩人・佐藤春夫や文化学院の創設者・西村伊作ら若い世代を燃えあがらせる。これに幸徳秋水らが加わったところで、官憲も弾圧の網を張るしかなくなった。
 新宮出身の著者ならではのアプローチである。知れば知るほど、「真実」が闇から浮上してくる。夏目漱石、石川啄木、中上健次らの関わりがあぶりだされ、また書評子が加えるならば、廓(くるわ)の女性を讃美(さんび)した永井荷風、都々逸から骸骨集めと道楽を極めた奇人・三田平凡寺にまで繋(つな)がっていくからだ。
 「牟婁新報」では植字工が十代の少年ばかりで、しかも全員社会主義者だったとする指摘など、驚くべき真実の一例だろう。
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 論創社・3990円/つじもと・ゆういち 佐藤春夫記念館館長。共著に『「改造」直筆原稿の研究』『海の熊野』。

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