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人間は料理をする―(上)火と水 (下)空気と土 [著]マイケル・ポーラン

[評者]島田雅彦(作家・法政大学教授)

[掲載]2014年04月06日

[ジャンル]政治 社会

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■人類進化の鍵握る、料理の本質を考察

 本書は古代の四大元素、火、水、空気、土に絡めて、肉を焼く、煮る、パンを作る、発酵させるという料理の基本を実践的に考察している。ほかならぬファストフード発祥の地アメリカにおいて、食文化を歴史的に振り返りながら、人類の進化の鍵をも握っていた料理の本質に迫ろうとする姿勢は「スローフード運動」と同様のカウンターカルチャーと位置付けられる。著者は各料理ジャンルのエキスパートに弟子入りし、嬉々(きき)として忘れられかけた料理法の再現を試みる。食料の生産現場に立ち返り、食生活の原点回帰を目指すのは食の快楽の追求の仕方としては手間がかかるが、安価で手軽な加工食品でブロイラー化した人間が自らの努力によって地鶏に戻ろうとする試みといえるかもしれない。
 自然状態にあるものを生で食べる原始的な摂食から火を熾(おこ)して肉を焼くという料理の発明へ。これは人類史上の最初の飛躍だったわけだが、バーベキューはまさに遠い先祖の記憶を呼び起こす儀式ともなっている。神話を紐解(ひもと)けば、人類最初の料理の記録に行き着く。肉を焼く煙とニオイを神への捧げものとし、こんがり焼けた肉は人間が食べる。中国では火の不始末から家が全焼し、焼け跡から出てきた豚の丸焼きのおいしさが忘れられず、ことあるごとに家を焼いていたという仰天のエピソードが語られる。
 次に人類は土器を開発し、水で煮るというさらに高度な技術を獲得し、生では食べられないものをも食べられるようにした。さらに穀物を粉にし、水で練り、それを焼く、また発酵させて空気を取り込み、ふっくらと体積を増やすことを学び、極めて効率のよいカロリー摂取の方法を確立する。また微生物を利用し、発酵の技術を磨き上げ、独自の旨(うま)みを引きだし、飛躍的に保存性を高めた。
 人間は料理技術の洗練により、今まで食料探しに費やしていた膨大な時間を短縮し、より創造的な仕事にかまけられるようになり、文明を築いてきた。生産や分配という観点から社会や経済の発展段階を論ずる考古学的考察は、マルクスやモースが行ってきたが、料理という切り口から人類史を振り返ると、生活に身近な分、一般的な説得力が増す。「初めにコトバありき」ではなく、「初めに料理ありき」の観点に立てば、一皿のカレーライスやサンドイッチにさえも人類史や経済史の複雑な背景が透けて見えるのである。
 若干、食い足りないところがあるとすれば、刺し身のような生食の奥義や魚介発酵食品、乾物の魅力に触れられていない点だが、そこは私たちに任せてもらうとしよう。
    ◇
 野中香方子訳、NTT出版・各2808円/Michael Pollan 55年生まれ。米国のジャーナリストで、「ニューヨーク・タイムズ・マガジン」常連寄稿者。邦訳書に『雑食動物のジレンマ』『ガーデニングに心満つる日』『欲望の植物誌』『フード・ルール』など。

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