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「問い」としての公害―環境社会学者・飯島伸子の思索 [著]友澤悠季

[評者]諸富徹(京都大学教授・経済学)

[掲載]2014年04月06日

[ジャンル]政治 社会

表紙画像

■人間の苦しみ和らげる学問

 学校教育の社会科で誰もが習う「公害」問題。戦後高度成長の裏側で激甚な公害問題が起き、多くの人々が被害で苦しんだ。しかし今やこれは「克服」され、地球環境問題の時代に移ったとされる。しかし本当に私たちは、公害を過ぎ去った歴史上の一頁(ページ)としてしまってよいのか。本書は、飯島伸子という稀有(けう)な社会学者が生涯をかけた公害研究の探求を通じて、戦後日本の経済社会、思想、学問のあり方に問い直しを迫る書である。
 飯島は、1960年に九州大学を卒業後上京、会社勤めを経て、公害問題研究のために東大大学院に入った。現代技術史研究会に飛び込んで星野芳郎や宇井純といった科学者から影響を受け、現地調査による実態把握という手法を学んだ。東京都立大学(当時)教授として日本の環境社会学の確立に尽力、初代環境社会学会会長を務めたが、2001年に63歳で逝去した。
 著者は、飯島の最大の功績が「被害構造論」にあると強調する。それがもっとも遺憾なく発揮されたのが、彼女が東大助手時代に心血を注いだ「薬害スモン事件」であった。飯島らは、神経障害に侵された患者から丹念に聞き取り調査を行った。そこからは、職を失い、社会から排除され、果ては家族にすら離別される患者の苦悩が浮かび上がってきた。「被害」とは、単に身体的、金銭的被害に留(とど)まらない。医学や経済学の観点ではみえない人間・社会関係の変容、これを捉えられるのが社会学の強みである。
 本書は、つねに被害者や生活者の視点に寄り添った飯島の人生に重ねて、学問とは何かを鋭く問いかける。それは、生きることそのものではないのか。人間の苦しみを少しでも和らげることが学問の使命だとすれば、抽象理論ではなく、人々の苦痛を言語化していく公害論こそが重要だ。「理」と「情」を学問に昇華させた若い著者の素晴らしい仕事に拍手を送りたい。
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 勁草書房・3780円/ともざわ・ゆうき 80年生まれ。立教大学社会学部プログラムコーディネーター。博士(農学)。

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