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「ジャン=ジャック・ルソーの政治哲学」書評 意外なほど現代的な思想家

評者: 杉田敦 / 朝⽇新聞掲載:2014年04月06日
ジャン=ジャック・ルソーの政治哲学 一般意志・人民主権・共和国 著者:ブリュノ・ベルナルディ 出版社:勁草書房 ジャンル:社会・時事・政治・行政

ISBN: 9784326102297
発売⽇: 2014/02/25
サイズ: 22cm/206p

ジャン=ジャック・ルソーの政治哲学―一般意志・人民主権・共和国 [著]ブリュノ・ベルナルディ

 フランス革命の源流としてのルソー。こうした像を覆す近年の再解釈の中心人物がベルナルディであり、本書は日本での彼の連続講演に基づく。周到なテキスト読解から浮かび上がるのは、意外なほど現代的なルソーである。
 共和主義という言葉は、それ自体が多義的だが、共和国を構成する市民に「徳」を求めるのが一般的である。ところが、ルソーの『社会契約論』には徳への言及がほとんどない。それは、「人は自由であるにふさわしいから自由なのではなく、自由だからこそ尊厳ある存在になる」と彼が考えたからだとベルナルディは指摘し、移民を政策的に選別しようとした近年のフランスの動向と対比する。
 ルソーは、政治が実現すべきは全体の利益にかかわる「一般意志」であるとしたが、人間が自己利益を図る存在であるとも認めており、この間の関係をどうとらえるかは常に問題となってきた。ベルナルディによれば、後のカントらのように理性の啓蒙(けいもう)のみに期待する立場と異なり、情念をふまえ、習俗・慣習に訴えつつ、多様な回路で人びとに働きかけようとした点にルソーの特徴がある。経済や環境をめぐってリスク負担がふえる不愉快な現実を、人びとにどう受け入れてもらうかが政治的難問である現在、参考になる論点である。
 ベルナルディらが発掘したというルソーの戦争論も注目される。「一般意志」が一国の市民のものである以上、それが正当化するのは自衛戦争だけである。国家はそれ自身が拡大傾向をもつが、そのための戦争は市民の意志では正当化されないという。自衛を名目とする侵略的戦争が絶えない以上、こうしたルソーの区分の限界は明らかである。
 しかし、戦争をめぐって市民と国家の利益が相反しうるという彼の洞察は、自衛権のあり方をめぐる今日の議論にまで、光を投げかけるものといえるだろう。
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 三浦信孝編、永見文雄ほか訳、勁草書房・3780円/Bruno Bernardi 48年生まれ。仏国立科学研究センター研究員。