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サリン事件 科学者の目でテロの真相に迫る [著]Anthony T.Tu

[評者]三浦しをん(作家)

[掲載]2014年04月20日

[ジャンル]社会 ノンフィクション・評伝

表紙画像

■真に誠実な科学的態度とは

 著者は、アメリカでヘビ毒を研究する毒物学者だ。日本の科学雑誌に神経毒に関する解説記事を書いたことがきっかけで、「松本サリン事件」「地下鉄サリン事件」に深くかかわるようになった。
 具体的には、事件で使われた毒物がなんなのかを突き止めるため、日本の警察からの問い合わせに対し、さまざまなアドバイスと協力を行ったのである。原因物質を特定できなければ、被害に遭ったひとに適切な治療を施すことも不可能だ。
 一連のオウム事件が起きるまで、大半のひとは「サリン」という単語を聞いたこともなかった。そんなものを作って犯罪に使うひとがいるとは、ほとんど想定されていなかったわけで、一刻を争う状況のなか、著者をはじめとする科学者がいかに動き、原因物質特定に努めたか、専門的な視点で、しかし素人にもわかりやすく書かれている。
 著者はその後も、サリン製造に関与した中川智正死刑囚と複数回面会している。科学的な見地から事件の真相に迫りたい、という科学者としての誠実さが感じられる。中川が、深い化学知識を有した優秀な人物であること、明るく理性的で「感じのいい」ひとであることが、面会記録から伝わってくる。そういうひとが、なぜ罪を犯すに至ったのか。他人事(ひとごと)にせず、さまざまな資料に基づいて、私たちそれぞれが考えていかねばならないことだろう。
 サリンの製造過程についても、科学警察研究所の論文と教団関係者の供述に食い違いがあり、「若干の疑問点」が残っているそうで、このあたりの解明も望まれる(解明の義務は、もちろん著者ではなく日本の警察にあるはずだ)。
 DNA鑑定などで、科学捜査の信頼性が揺らぐ事態が頻発している。真に専門的で公正かつ誠実な科学的態度とはなんなのかを考えるうえでも、本書はとても貴重な記録だ。
    ◇
 東京化学同人・1944円/アンソニー・トゥー(杜祖健〈とそけん〉) 30年台湾生まれ。米コロラド州立大学名誉教授(毒性学)。



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