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最後の恋人 [著]残雪

[評者]佐々木敦(批評家・早稲田大学教授)

[掲載]2014年04月20日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■夢や幻が交錯する言葉の奔流

 残雪と書いてツァン・シュエと読む。彼女は現代中国文学を代表する作家であり、日本にも熱烈なファンがいる。私もその一人。少し前にも短編集『かつて描かれたことのない境地』が出たが、本書は十五年以上も昔に訳された『突囲表演』以来、日本語では二冊目の長編小説である。
 残雪の小説はとてつもなく変だ。文章も物語も人物も、とにかく普通ではない。なにしろ作者自身がこう書いている。「一般の読者にとってこれは奇妙な小説であるかもしれない。常軌を無視し勝手気ままでなにものにも縛られない、またとらえどころのなさすぎる小説」。まったくその通りなのだが、にもかかわらず本書は、摩訶不思議(まかふしぎ)な魅力と、えたいの知れない情熱に満ちている。
 舞台は「西方」にあるA国のB市。度を超した本狂いの「古麗」服装会社の営業部長ジョーは、いつも仕事中に隠れて本を読んでいるが、社長ヴィンセントからの信頼は厚い。或(あ)る日、彼は顧客である「南方」の農場主リーガンからクレームを受ける。ジョーの会社の服のせいで、ゴム農園の入り江で労働者二人が溺死(できし)したと。リーガンは、東南アジアから来たアイダという娘に惹(ひ)かれている。ジョーはヴィンセントの妻リサに、社長の不埒(ふらち)な秘密を聞かされるが、おかしいのはむしろリサのようにも思える。「北方」の牧場主キムが登場する。残忍な顔つきをしたキムはジョーを謎めいた体験に誘う。ジョーの妻マリア、息子ダニエルも、物語に絡めとられていき……なんとか粗筋を記そうとしてみたが、到底不可能だ。この小説では、登場人物たちの夢と妄想と幻想が互いに複雑に絡み合い、さながら迷宮と化している。その中で、全員が熱に浮かされたように欲望をたぎらせ、混乱の極みへと突進してゆく。理解しようとしてはならない。ただ、奔流のごとき言葉に身を任せることだ。
    ◇
 近藤直子訳、平凡社・3132円/Can Xue 53年中国生まれ。作家。カフカやボルヘスなどの批評も手がける。



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