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長女たち [著]篠田節子

[評者]内澤旬子(文筆家・イラストレーター)

[掲載]2014年04月27日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■娘に降りかかる看取りの理不尽

 やっぱり最後に頼りになるのは実の娘。娘に看取(みと)られたい。高齢者どころか、四十代の友人までもが平然と口にする。とりわけ長女にかけられる期待は大きい。
 三つの中編作品に登場する長女たちは、いずれも配偶者も子どもも持たない。社会の中で自立し、自由に働いていた。それが親を看取る歳(とし)となって、従来の家族観に引きずり戻される。
 「家守娘」の直美は、母親の認知症を介護するために仕事をやめ、「ミッション」の頼子は母親に死なれ、娘に代わりを強要する父親を放置して仕事に邁進(まいしん)するうちに父親を孤独死させたことに悩み、「ファーストレディ」の慧子は、糖尿病の母親の看病にとりこまれていく。
 これまで外での仕事を持たない主婦が引き受けさせられてきた介護。単身で働いてきた者にとって、仕事を失い、社会から隔絶される不安と焦燥に加え、無償で弱者の世話を看ることにうまく適応できないもどかしさ。さらに「娘だから」と持ち駒のように扱われる理不尽がのしかかる。
 三者三様ながら、彼女たちの「地獄」は決して特別な例ではなく、明日には自分に降りかかってもおかしくない。だからこそ恐ろしく、読みながら胃が冷たくなる。
 本書は現代医療の在り方にも鋭い疑問を投げかける。医療で死を先延ばしにすることが、果たして本人や家族にとって本当に幸せなのか。
 「ミッション」で描かれるチベット仏教系の山岳民は、極端に偏った食生活のため突然死が多い。高齢まで生き延びれば巡礼に出て、そのまま村には戻らず路上で朽ちる。前近代の、野蛮とも言える生き方死に方をあえて提示した作者の意図は明確であろう。
 「女たちのジハード」から十七年。著者が描く女性たちの背中を眺め追うように生きてきた。ここまで来たら、次は彼女たちの死に様を読んでみたい。そう願う年頃となった。
    ◇
 新潮社・1728円/しのだ・せつこ 55年生まれ。市役所勤務を経て『女たちのジハード』で直木賞。『仮想儀礼』など。

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