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剣の法 [著]前田英樹

[評者]本郷和人(東京大学教授・日本中世史)

[掲載]2014年04月27日

[ジャンル]人文

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■「刀身一如」が開く玄妙の世界

 ○武道の高段者ってナニ?強いのは若いうちでしょ。
 ○活人(人を生かす)剣ってナニ? おためごかし?
 常々そんな風に勘ぐっていた自分の浅はかさを、この本は厳しく戒めてくれた。
 剣術諸流派は、念流、新当流、陰流の三つにたどりつく。16世紀の人、上泉伊勢守(かみいずみいせのかみ)は陰流を学んで新陰流をたてた。筆者は長く新陰流を学んだ人で、その刀法を実技に即して教えてくれる。
 人は前に出るとき、後ろ足で地面を後ろに押し出す。前に出るために、後ろ方向に力を入れる。これが行動するときの自然な「反発」の原理であって、この原理は日常の動作にしみこんでいる。ところが、剣をふるう「兵法」の理想である「刀身一如」の境地に達すると、身体の動きから「反発」が消えるという。
 刀を振るときを考えてみよう。刀が前に振り出されれば、身体はそれと反対方向、後方に引かれるのが普通である。だが、この「反発」から抜け出す意志をもち、腕の振りの方向に身体も移動させる。刀の重みを全身に感じて、それに引っ張られるように身体を動かす。そうやって鍛錬していくと、腕と胴体、身体と刀の「反発」は消え、人は「刀身一如」への第一歩を踏み出すことができる。
 剣を極めることが「刀身一如」を完成させることだとすれば、その鍛錬には長いながい時間が必要となる。年齢とともに段位の階梯(かいてい)を昇っていくのは、むしろ自然なことである。また、剣を以(もっ)て対峙(たいじ)する相手への「反発」から抜け出した時、単に相手を斬るのではなく、相手を活(い)かす、という概念が生まれてくる。なるほど、これが「活人剣」か。
 いや私は、本当のところは何も分かっていない。でも筆者は工夫を凝らして、本物の剣の実践を「ことば」に変えて伝えようとしている。くり返し読んでみよう。私たちの全く知らなかった玄妙の世界が、手招きをしてくれている。
    ◇
 筑摩書房・2484円/まえだ・ひでき 51年生まれ。立教大学教授。著書『日本人の信仰心』『絵画の二十世紀』など。

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