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心の流浪 挿絵画家・樺島勝一 [著]大橋博之

[評者]横尾忠則(美術家)

[掲載]2014年05月04日

[ジャンル]アート・ファッション・芸能 ノンフィクション・評伝

表紙画像

■「ペン画の神様」の生涯と時代

 生前、山田風太郎氏宅を訪ねた時、応接間に『樺島勝一ペン画集』が飾られていた。風太郎さん世代から僕たち戦中、戦後世代にかけて樺島勝一は「ペン画の神様」としてその存在は熱血少年の魂の源泉であり、血湧き肉躍る野性と科学的理性の両極で時代精神を形成した。
 風太郎さんが小説家になった動機は挿絵だったという。挿絵が小説を凌駕(りょうが)することさえあった。「船の樺島」の異名に安住せず森羅万象を、その科学知と超越的技法によって海洋ロマン、密林、戦記、歴史物、マンガまで描き分けた。
 本書の著者は樺島時代を生きたわけではないが、その作風に惹(ひ)かれ、樺島の知られざる生涯と時代、行動と当時の出版状況などを追跡して評伝を執筆した。当時の僕たちは樺島の個人情報にはうとく、どうでもよかった。絵が全てを語っていたからだ。
 本書で初めて知った樺島家の貧困は、「前世の悪行の報い」と樺島が言うほどに悲惨な生活の中で、独学独歩の精神を鍛え上げた。空いた時間は全て読書に捧げ、その博覧強記によって大学卒以上の知識を得、無類の話し好きが原稿を取りに行った編集者を困らせた。一方、吃音(きつおん)のため人前を避け、友人もなく、もっぱら読書を友とした。
 樺島が台頭してくるのは日刊「アサヒグラフ」に入ってからだ。戦後は「漫画少年」「冒険少年」「少年クラブ」で活躍。死ぬまで現役だった。
 自らを職人と名乗り、純粋芸術と一線を画して応用芸術を主張。新しさに無関心で、「物を美しく観(み)」、気品を第一義とし、自らの品格の向上に努力を怠らず、気品の高さが人に感動を与えると信じた。
 また、絵が構成する力の底にあるデザイン力を無視しなかった。デザインが大衆の心理をつかみ、「芸術的良心と道徳的概念」こそ応用芸術の王道だとして、挿絵画家のプライドを守った。
    ◇
 弦書房・2376円/おおはし・ひろゆき 59年生まれ。ライター。『SF挿絵画家の時代』など。

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