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庭師が語るヴェルサイユ [著]アラン・バラトン

[評者]隈研吾(建築家・東京大学教授)

[掲載]2014年05月18日

[ジャンル]歴史

表紙画像

■壮大だがやわらかくて人間的

 正直いって、大きすぎ、まっすぐすぎて退屈な庭だなあと感じていた。そんな「フランス庭園の最高峰」ヴェルサイユ宮殿が、全く違った、やわらかくて人間的なものに見えてきたし、フランスという国自体も、変わって見えた。
 一番興味をひいたのは、ヴェルサイユの壮大さを作り上げた、太陽王ルイ14世と、ヴェルサイユの関係である。絶対王権の象徴、史上最高の権力者の一人といわれる彼の、意外なほどの弱さが発見できた。貴族の反乱(フロンドの乱)に疲れ果てた彼が、貴族達(たち)からエスケープするために13キロ離れたヴェルサイユに、巨大な自分の「庭」を造ったのである。
 15世の孫、16世にオーストリアから嫁いだマリー・アントワネットが、パリの貴族達になじめずに、ヴェルサイユに逃避し、閉じた自分の世界の中で浪費生活を送ったというのは有名な話だが、絶対的に「強い」と思われていたルイ14世自身が、一種の「ひきこもり」だったのだ。権力とは、意外にも「ひきこもり」の生成物かもしれない。
 ルイ14世が庭を造りながら成長する様子もおもしろい。弱い人間が、強さにあこがれて壮大な庭を造ると、今度は庭が彼を励まし、強くしてくれる。その相互作用、相互成長は現代人も反復している。
 庭が生き物であるから、そんな共振現象が起きる。ルイ14世は、もうひとつの大事な生き物「女」もたっぷりと、愛した。彼は庭とともに相互成長しただけではなく、女(愛妾〈あいしょう〉)とも相互成長をとげた。
 ヴェルサイユの庭がいかにナマな生き物であったかの、庭師の著者ならではの、専門的記述にも圧倒された。ル・ノートルのデザインによる究極の幾何学的フランス庭園、というのが従来の理解であったが、ル・ノートルと同時代のラ・カンティニが追求した、植物が作る有機体としてのヴェルサイユが描かれ、すぐに確認したくなった。
    ◇
 鳥取絹子訳、原書房・2592円/Alain Baraton 庭師・作家。ヴェルサイユの庭園で30年以上働く。

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