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世界の見方の転換 [著]山本義隆

[評者]水野和夫(日本大学教授・経済学)

[掲載]2014年05月25日

[ジャンル]科学・生物

表紙画像

■近代科学が開いた「無限成長」への道

 経済学を専門とする評者が、なぜ近代科学の道を開いたコペルニクスやケプラーらを扱った本書を取り上げるのか。2001年の9・11(米国同時多発テロ)や11年の3・11による東京電力福島第一原発事故に象徴されるように、21世紀は近代システム自体が綻(ほころ)びを見せていると評者は考え、近代成立の原点を理解しない限り、将来を思索できないと思ったからである。
 F・ブローデルの提唱した「長い16世紀」(1450〜1640年)には、ルネサンス、宗教改革、大航海、17世紀科学革命など、数々の歴史的大事件が起こっている。しかし、近代の幕開けに際して、これらの関連づけが評者にはいま一つ不明だったが、本書を読んでそれらの関連性が明確に理解できた。
 キリスト教とアリストテレス自然学で強固に武装された中世の観念を打破するには、近代科学の誕生が不可欠だった。「ルネサンスのパラドックスのひとつは、それが科学的な運動ではなかった」ことだと本書はいう。「究極的には時代遅れになるところの古代の理論の再発見であった」。またルターの主張は「人文主義に通ずるところがあった」ものの、「まぎれもなく中世思想の継承者だった」。すなわち、ルネサンスと宗教改革は近代の立役者ではない。
 そうした認識のもとに著者は「15世紀中期から30年戦争にいたるまでの、北方人文主義と宗教改革を背景として中部ヨーロッパを舞台に展開された(略)総じて世界認識全般、の復活と転換」を語る。人文主義はイタリアからドイツに輸入されて宗教改革への道を準備する。宗教改革はメランヒトンらの大学改革を引き起こし、後に独天文学隆盛の礎を築くこととなる。
 15世紀ポーランド生まれのコペルニクスが「科学革命の最初の主導人物」となったのは「太陽中心説VS.地球中心説」の対立を導いたからではない。不動だと信じられていた地球を惑星の仲間入りさせ、「高貴なる天体と同一に扱ったことにより、天上から地上へと連なる貴賤(きせん)のヒエラルキーを破壊した」ためである。その結果、彼はキリスト教世界の「階層的秩序を解体」させ、「世界の均質化」をもたらし、「近代の真のはじまり」の栄誉に浴した。
 16世紀に独ルター派の貧しい家庭に生まれたケプラーは教育改革のおかげでティコ・ブラーエの膨大な天文観測データの利用機会に恵まれ、「天文学の物理学化」に成功し、「近代力学の思想の原型を生みだした」。
 資本主義の生成と限界を考えるうえでも本書は「広大無辺」のアイデアを与えてくれる。
 コペルニクスは「世界の無限」の概念をもたらし、ケプラーは宇宙に散らばる天体には常に「遠隔力が働く」という新しい見方を提唱した。これにフランシス・ベーコンが近代に持ち込んだ「進歩」という「イデオロギー」(前著『一六世紀文化革命』の終章)を考え併せることで、17世紀初めに誕生したオランダ東インド会社がそれまでの一度限りの事業清算型合資会社ではなく永久資本の株式会社として設立されたのもうなずける。無限に延びる時間と空間が会社に永遠の命を与え、近代は「成長」の時代となったのだ。
 だが、「長い16世紀」は一方で自然への「畏怖(いふ)の念」を抱え持っていた。純粋実験室の小世界で成り立つことを「生産の大規模化」に適用しようとする近代人の驕(おご)りが今の閉塞(へいそく)感を招いている。原発事故を「想定外」という軽々しい一言で済ませるのはその証左だ。本書あとがきの最後の1行にはしびれた。
    ◇
 みすず書房・1巻と2巻は3672円、3巻のみ4104円/やまもと・よしたか 41年生まれ。『知性の叛乱(はんらん)』『熱学思想の史的展開』など著書多数。本書は、大佛次郎賞を受けた『磁力と重力の発見』全3巻、『一六世紀文化革命』全2巻に続く3部作の完結編。

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