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ブルーシート [著]飴屋法水

[評者]いとうせいこう(作家・クリエーター)

[掲載]2014年05月25日

[ジャンル]文芸 ノンフィクション・評伝

表紙画像

■その場、その時 代替不能な核心

 80年代の短い期間、東京グランギニョルという劇団を率いた飴屋法水は、解散後に現代美術の前衛として刺激的なインスタレーションを数多く提示。しかし、“動物商”となって発表をやめてしまう。
 私が実際の姿を見たのは10年ほど前、光の入らない白い箱の中に必要最小限の水と食料をもって24日間こもるという“展示”で再び現れた飴屋(とはいえ姿は見えない)が、箱から出てきた最終日のことだったと思う。過激なことをするけれど、他人の話によく耳を傾ける優しげな人物で、ますます興味がわいた。
 パフォーマンスや演劇に再び関わり始めた飴屋は、制作過程そのもの、舞台そのものの仕組みを根底から変えていく。例えば「わたしのすがた」では観客が1人ずつ地図を持ち、巣鴨の廃屋や廃ビルを回り、そこに実際にいた人物に思いをはせ、自己に照らした。
 今回岸田戯曲賞を受賞した『ブルーシート』でもそれは変わらない。いわきの高校生と作った公演には、そこで生きのびた高校生の身体と、震災で亡くなった人の遺体の記憶が渾然(こんぜん)となる。いわきの学校のグラウンドで上演されたことも代替不能な核心だ。
 賞の審査員たちの選評がパンフとなって挟まれていて、そこには“未来の上演を前提とするのが戯曲ではないか”“これは演劇ではあるが、芝居だろうか”といった、誠実で根源的な疑義が載っている。その場でこそよりよく成立する仕組みを飴屋は自然に選んでいくのだから、疑いは当然だ。
 併載された戯曲『教室』も実際の自分のパートナーと当時6歳の子供の3人で“家族”を演じる児童劇で、交わされる会話や行為の肌触りは、確かに別の座組で上演して再現出来るかどうかわからない。
 その場、その時、その関係を捨象せず、眠っている小鳥を持つような手つきで差し出す飴屋はしかし、確実に我々に経験をもたらす。読むことでもそれは心の底で起きる。
    ◇
 白水社・2160円/あめや・のりみず 61年生まれ。演出家、劇作家。『キミは珍獣(ケダモノ)と暮らせるか?』など。


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