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海うそ [著]梨木香歩

[評者]三浦しをん(作家)

[掲載]2014年06月01日

[ジャンル]文芸 人文

表紙画像

■魂を浄化し「永遠」へと結ぶ光

 南九州に臨む遅島は、島内の気候が変化に富み、豊かな緑であふれている。昭和初期、人文地理学を専門とする一人の青年が島を訪れた。植生や民話を調査するためだ。
 遅島の風景と人々の暮らしが、青年の目を通して鮮やかに語られる。島には古来、修験道の大寺院が存在した。だが、明治の廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)によって、いまは木々に覆われた遺跡になっている。青年が島の若者とともに、遺跡を目指して山中を旅するシーンは、冒険小説としてもこのうえなく楽しく切なくうつくしい。
 遅島はむろん、著者の梨木氏が文章の力のみで海上に現出せしめた架空の島だ。だが、思わず手持ちの地図を広げて探してしまったほど、リアリティーがある。濃厚な緑のにおい、夜の湖面を照らす月の光、洞窟の奥に蠢(うごめ)く深い暗闇。主人公の青年と一緒になって、私も島のあちこちを歩きまわり、呼吸した。
 一見、静かに感じられるこの小説を満たしているのは、実は逆巻く波の音のように激しいぶつかりあいだ。遅島は太古から、客人や異文化を受け入れ、ときに亀裂を生じさせながらも融合してきた。
 青年もまた、苦しみを抱え、心に走った亀裂をなんとか埋めたいと願っている。同時に、亀裂をさらにこじ開け、暗い深淵(しんえん)を覗(のぞ)き見たいという誘惑にもかられている。彼の遅島調査旅行は、さびしい魂の彷徨(ほうこう)であり巡礼の旅でもあるのだ。相棒となった島の若者に導かれ、彼は島の最奥、ひとの心の奥深くへと分け入っていく。
 隆盛を誇った寺すらも遺跡と化したように、時の流れのまえではすべてがむなしい。だが、むなしさを超える標(しるべ)となる、かそけき光はたしかに存在する。ひとを真に生かし、救い、「永遠」へと結びつけるものとはなんなのか、この小説は物語る。繰り返し打ち寄せる波のように、情熱を秘めて。魂はゆるやかに浄化される。
    ◇
 岩波書店・1620円/なしき・かほ 59年生まれ。作家。著書に『西の魔女が死んだ』『家守綺譚(いえもりきたん)』など。


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