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南方熊楠の見た夢―パサージュに立つ者 [著]唐澤太輔

[評者]赤坂真理(作家)

[掲載]2014年06月08日

[ジャンル]ノンフィクション・評伝

表紙画像

■「境なき男」の柔らかな肖像

 熊楠が取り組んだ領域は膨大だ。ゆえに今まで研究書等を読むと、かえってとりとめないことがあった。全部合わせるとほとんど一人の人間に思えなかったことすらある。
 いや。熊楠とは本当に、一人の人間では、ないのではないか?
 なんと。本書の根底には、こんな反転的に鮮やかな問いがある。この問いこそが、私にとっては初めて、熊楠の大きすぎる全貌(ぜんぼう)をかいま見させるものだった。まるで、熊楠へのきらびやかな形容たちは海に浮かぶブイで、熊楠は海だったのだ、というように。
 このような存在の在り方を、著者は「パサージュ(通路)に立つ者」と呼ぶ。
 そんな存在を描き出すのに著者が着目したのもまた、意外な通路だ。夢。自己と他者が、生と死が入り交じる場所。「熊楠は、しばしばこの領域に立っていた」。熊楠は粘菌を採集するように夢を採集した。著者もまた、夢を熊楠のまったき現実として扱うのである。正しいと思う。
 熊楠はもともと、そういう「境のなさ」を生きていた。そのような熊楠だからこそできたことがある一方、その在り方は、統合失調症に酷似している。残された膨大な記録、写生、夢日記、それらは彼の飽くなき好奇心の発露であると同時に、彼をこの世につなぎとめる手段であった。
 従来、強靭(きょうじん)さが強調されやすかった熊楠であるが、本書では、輪郭がもっと淡く柔らかく、奔放でありつつ悩み苦しみもする熊楠が描かれている。ことに、彼自身が恐れながらも発症を免れた統合失調症を、愛息の熊弥が発症してしまう悲しみには、胸を突かれる。不思議なことにそこには、かつてなく「等身大」の熊楠がいる。
 熊楠は矛盾を矛盾ともせず生きた。二項対立を無化した。南方熊楠の生と所業は、私たちも含め未来の人類へのギフトだったのではないか、そんなことを思わせる本だ。
    ◇
 勉誠出版・4536円/からさわ・たいすけ 78年生まれ。早稲田大学助教。専門は哲学・生命倫理学。


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