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「江戸・東京の都市史——近代移行期の都市・建築・社会」書評 地図や図面からあぶり出す歴史

評者: 原武史 / 朝⽇新聞掲載:2014年06月15日
江戸・東京の都市史 近代移行期の都市・建築・社会 (明治大学人文科学研究所叢書) 著者:松山 恵 出版社:東京大学出版会 ジャンル:歴史・地理・民俗

ISBN: 9784130266086
発売⽇: 2014/04/04
サイズ: 22cm/369,5p

江戸・東京の都市史——近代移行期の都市・建築・社会 [著]松山恵

 明治維新によって、京都にいた天皇は東京に移動し、将軍がいなくなった江戸城は東京城、そして皇城と改称され、東京遷都が実現された——私たちは、江戸から東京への変遷を、何となくこんな感じで思い描いているのではないか。だが実際には、正式に遷都を宣言したことは一度もない。東京はなし崩し的に「帝都」になっていったのだ。

 では、いかにして東京は近代国家の首都へと改造されてゆくのか。この壮大な歴史的問いに答えるには、当時の文字史料を読み込むだけでは十分でない。東京という都市を空間からとらえる視点が重要になる。本書で多く使われている地図や絵図、図面は、その端的な証左であろう。
 著者によれば、明治初年の東京の都市空間には「郭内」と「郭外」という二つの区域があった。このうち、実質的な遷都の場となったのは、武家地が新政府に収用された前者であり、その中心には皇城があった。しかし、すべての官庁を皇城に集約させることはできず、太政官と宮内省以外は郭内で移動を繰り返した。このいかにも場当たり的な過程そのものが実におもしろい。その一方で、後の宮中三殿に相当する賢所は維新直後から皇城につくられており、現在の皇居の基礎が早くから固まっていたのがわかる。
 もうひとつおもしろかったのは、1880年に落成した皇大神宮(こうたいじんぐう)遥拝殿(ようはいでん)に関する考察である。本書は、当時の絵図や図面を通して、この遥拝殿が伊勢神宮を体現しつつ、人々の天皇に対する崇敬を高めるための建築物となったことを解き明かしている。
 当時の神道界は、伊勢神宮を中心とする伊勢派と出雲大社を中心とする出雲派の間で、オオクニヌシ(大国主神)の神格をめぐる祭神論争が展開されていたが、伊勢派が勝利をおさめた背景として、こうした建築物を東京に建てることで自らを神道界の中心と認知させるイメージ戦略があったとの分析にはうならされた。
 それだけではない。著者は、遥拝殿が造営される前の地図から、当時の大蔵卿、大隈重信の名前を発見する。伊勢派の計画には、都市改造を目指す新政府が加担していたことが判明するのだ。1枚の地図や図面から歴史の裏側をあぶり出す著者の手腕は本書の随所で発揮されており、歴史研究の醍醐味(だいごみ)を堪能させてくれる。
 大学入学までずっと地方に住んでいて、東京を客観的にとらえる習慣がついていたこと、工学系の大学や大学院で学んだことが、若手によるこの稀有(けう)な歴史研究を生み出した要因ではないか。空間と政治の関係を考える上でも、見逃せない一冊だと断言できる。
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 東京大学出版会・7992円/まつやま・めぐみ 75年、長崎市生まれ。明治大学文学部専任講師。東京理科大学工学部建築学科卒。東京大学大学院工学系研究科博士課程単位取得退学。共著『江戸の広場』、論文「『郭内』・『郭外』の設定経緯とその意義」など。