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王朝小遊記 [著]諸田玲子

[評者]本郷和人(東京大学教授・日本中世史)

[掲載]2014年06月15日

[ジャンル]歴史 人文

表紙画像

■「ホンモノの平安人」の冒険活劇

 少し前までは、テレビをつければどこかで時代劇を放映していて、舞台はほとんどが江戸時代であった。古文書、物語、歌舞伎に浮世絵。残された情報が豊富なので、江戸社会を復元するのは、比較的容易なのだ。
 かかる風潮の中で、きわめて例外的に、著者は千年も前の平安時代にチャレンジする。例えば『王朝まやかし草紙』『髭麻呂(ひげまろ)』『末世炎上』。加えて、本書である。その勇気に、先(ま)ずは拍手を送りたい。
 平安というと、一般には衣擦(きぬず)れの音麗しきお姫様の世界で、歌舞音曲に彩られた絢爛(けんらん)たる王朝絵巻が繰り広げられて……というイメージがあるらしい。そのため私も参加した「平清盛」という長編ドラマが当時の京の様子を史実重視で再現したところ、さる県知事さんから「画面が汚い」とお小言を頂戴(ちょうだい)した。
 けれども裕福な貴族は現代の議員さんより数少なくて、人口の大半を占める庶民の家にはトイレもフロもなかった。いや家のない人も大勢いて、いったん病がはやろうものなら、人はバタバタと死んでいく。こんな社会が「汚く」ならぬわけがあるまい。
 そうした苛酷(かこく)な環境にあっても、屍肉(しにく)をあさる「野犬・カラス」(この物語の裏の主人公)と格闘しながら、人は懸命に生きようとする。著者がやさしく見つめるのは、まさに「ホンモノの平安人」たちなのである。
 ときは万寿二年(1025年)、藤原道長の晩年。物売女、没落官人、主(あるじ)のない女房、貴族の不良少年、太宰府帰りの勇士。ひょんな事がきっかけで彼らは出会い、右大臣藤原実資(さねすけ)(その日記が小遊記ならぬ『小右記〈しょうゆうき〉』)の勢力下に集う。そして相互の絆だけを武器にして、都の闇に跳梁(ちょうりょう)する鬼に立ち向かっていく。果たして彼らは、恐るべき鬼の正体を暴けるのか。みごと鬼を退治できるのか。軽妙で暖かい冒険活劇を、ぜひ味わっていただきたい。
    ◇
 文芸春秋・1728円/もろた・れいこ 54年生まれ。作家。小説『其(そ)の一日』『奸婦(かんぷ)にあらず』など。

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