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幻想のジャンヌ・ダルク——中世の想像力と社会 [著]コレット・ボーヌ

[評者]水野和夫(日本大学教授・経済学)

[掲載]2014年06月15日

[ジャンル]歴史 社会

表紙画像

■中世の終わりを刻印した乙女

 1430年5月、ジャンヌ・ダルクは仏コンピエーニュ郊外でイギリス=ブルゴーニュ派の手に落ち、翌年5月、英国支配下の仏ルーアンで異端裁判を受け火刑に処された。しかし、その後も生存説が信じられ、何人かのジャンヌが再来した。本書は「ジャンヌはイエス=キリストを徹底して模倣して同一化するところまで行った」とみる。
 近代の始まりがコペルニクス革命(1543年)だとしても、それが自動的に中世の終わりを意味しない。評者には、ジャンヌに対する異端告発の無効裁判が行われた1456年こそが、最も相応(ふさわ)しい区切りと思える。
 ジャンヌは、キリスト教世界のなかで特別な存在である仏国王の聖別式を行って「王の血の権利を視覚化」した。パリ大学がジャンヌを異端のかどで裁くことを求めてきたとき、仏王シャルル7世は彼女のためになにもできなかったが、死後4年たった35年の百年戦争の和平交渉のとき、ジャンヌの「英国人はこの地を去る」という預言(よげん)は的中する。これを受けたランス大司教による「仏国での権利を放棄し、英国民をすべて英国へ」との提案は、国民国家への進展を意識させるものだ。
 だが、それはジャンヌのもう一つの使命、「キリスト教世界全体に向けられ」た聖地奪回という中世的理想の放棄につながる道筋でもあった。そして、近代へ移行する節目には、ウエストファリア条約や東インド会社の登場のみならず、中世の墓銘として、ジャンヌの「魔女」「女魔術師」「聖女」幻想の決着が求められたのである。
 61年7月のシャルル7世の死は「預言者ブーム沈静の合図」となった。「『乙女』は存在しなくなった」のであり、「民衆の声が神の声であるような必要の時代は過ぎ去っていた」。英仏百年戦争や教会大分裂の「危機の時代」が終わって、新しい「国民の時代」が芽吹き始める。
    ◇
 阿河雄二郎他訳、昭和堂・6480円/Colette Beaune 43年生まれ。パリ第10大学名誉教授(中世仏政治・思想史)。


 


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