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壽屋コピーライター 開高健 [著]坪松博之

[評者]角幡唯介(ノンフィクション作家・探検家)

[掲載]2014年06月15日

[ジャンル]人文 社会

表紙画像

■庶民を代弁し簡潔に時代を貫く

 やっぱり最後は開高健という本好きは少なくないと思う。釣り、酒、旅に酔った自由な生き方。そこから生まれるズドンと腹に堪(こた)える言葉の数々。同じ文筆でメシを食っている人間に自分の文章を恥ずかしいと思わせるほどの豪華な文体。男の格好よさがあれだけにじみ出た作家は確かに他にいない。
 本書はその開高健の広告人としての側面に光を当てた異色の評伝だ。開高が壽屋(現サントリー)のコピーライターだったことはよく知られているが、あの言葉の職人の原点がこの時代にあったのか、という発見があり興味深い。
 本書に描かれているのは、一企業と一人の人間との最も幸福な関係の一形態であるように思われる。あらゆる事象、その周りの空気までも焼き尽くすかのように描写しきろうとした若い作家が、宣伝コピーを手掛けることでいかに洗練されたか。同時に庶民の心を代弁し、簡潔に時代を貫く開高のコピーを得ることで、サントリーのウイスキーがいかにお茶の間に浸透したか。時代が許したのかもしれないが、その関係は幸福としか形容しようがない。
 読んでいて思い浮かんだのは有機的という言葉だ。分裂と増殖を繰り返す細胞間結合のようにお互い成長したからこそ、開高の死に佐治敬三はあれだけ悲嘆したのだろう。人間として付き合った両者の関係は、開高なくしてサントリーなし、サントリーなくして開高なしといった感があり、「なにも足さない。なにも引かない」のコピーでも知られる同社のシングルモルトウイスキー山崎のようだ。
 読後に清々(すがすが)しい風が吹き抜ける人間賛歌の好著である。同社の社史的性格も漂うが、しかしそれでもお薦めだ。ただ、気をつけて欲しいのは通販サイトでつい開高本をポチッと押したくなること。私は二冊の未読本を購入した。
 あと山崎も飲みたくなるので、これもご注意を。
    ◇
 たる出版・1944円/つぼまつ・ひろゆき 60年生まれ。開高健記念会理事。元「サントリークォータリー」編集担当。



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