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謎ときガルシア=マルケス [著]木村栄一

[評者]いとうせいこう(作家・クリエーター)

[掲載]2014年06月29日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■魔術的魅力の背景、誠実に解説
 
 今年の4月に87歳で亡くなったラテンアメリカ文学の巨匠、ノーベル文学賞受賞者でもあるガブリエル・ガルシア=マルケスに関しては、すでに幾つかの書物が訳出されて店頭に並んでいる。
 その中でも本書は、無数と言いたいほど多くのラテンアメリカ文学を長年にわたって翻訳してきた著者が、ガルシア=マルケスの背景にある歴史、文学、人間関係を広範囲にひもとくものである。
 ファンの一人として、こまぎれに知っていたエピソードが、ここでは誠実に漏らさず記述され、例えばいわゆる魔術的リアリズムがマルケスの故国コロンビアに染み渡るカリブ海的な文化、あるいは祖母に流れるケルト人の血によっても裏打ちされることや、奇跡的に才能を見いだされるまでの貧しさの中でも変えなかった信念などが改めて魅力的に伝えられる。
 それは個人史にとどまらない。なにしろ、第1章は「新大陸発見」であり、続くのは「植民地時代から独立へ」である。輝かしいラテンアメリカ文学が生まれるには、スペイン帝国の拡張があり、そこからの南米の解放がある。
 移民、混血、支配、革命、軍事クーデター、迷信、各種宗教、そして流入する文学。それらが絡み合い、反発し合う力の中でこそ、マルケスのあの魅惑的で実験的な小説、ルポルタージュが生まれた事実を、私たちはよくよく噛(か)みしめなければならない。
 マルケスは何度も故国から外へ出た。政治的な問題で命を狙われたし、他国の革命に肩入れもした。あくまでもそのような過酷な現実を生きながら、ユーモラスで辛辣(しんらつ)で非常識、かつ人間的な作品をマルケスは書いたのである。
 今後、日本の作家にとりわけ政治的苦難が訪れる時、ガブリエル・ガルシア=マルケスはこれまでと違う世界標準の読み方をされ、ますますその偉大さをあらわすだろう。
 本書を胸に書こう。
    ◇
 新潮選書・1404円/きむら・えいいち 1943年生まれ。翻訳家。『ラテンアメリカ十大小説』など。

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