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『枕草子』の歴史学―春は曙の謎を解く [著]五味文彦

[評者]本郷和人(東京大学教授・日本中世史)

[掲載]2014年06月29日

[ジャンル]歴史

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■自然の背景に人間の営みを見る
 
 著者・五味文彦は私の師である。去年、本書を執筆中に体調を崩し、大好きな酒を控えた時期があった。五味は穏やかに微笑(ほほえ)みながら言った。「お酒がおいしく飲めないんだよ。だから私の楽しみは、勉強することだけになってしまった」。その言葉を聞いた時、私は大げさでなく、ああこの人には、どうやっても追いつけない。そう実感した。
 ある時、一条天皇と中宮藤原定子に、内大臣(定説では定子の兄の伊周〈これちか〉だが、藤原公季〈きんすえ〉が正しい)が紙を献上した。当時、紙は高級品である。天皇の方ではこれに中国の歴史書『史記』を記すことにした。さて、私たちは何を書く? 中宮がそう尋ねたので、清少納言は「枕にこそは侍(はべ)らめ」と答えた。そうして成立したのが『枕草子』である。
 五味は『史記』から「四季」を連想する。すると、清少納言の中宮への提案は「史記にあやかり、四季を枕として和風の文章を書いてみましょう」という意味にとれる。彼女は和漢の豊かな教養と鋭い感性を以(もっ)て、自然や宮廷を観察し、文章を綴(つづ)っていった。だからこそ、『枕草子』は「春は曙(あけぼの)」「夏は夜」「秋は夕暮れ」「冬はつとめて(早朝)」と、四季の風景から始まっているのである。
 療養に努めながら、朝と夕は散歩をしつつ、昼と夜は枕を友として、五味は『枕草子』を読み進める。そして瑞々(みずみず)しい自然描写を体感し、驚嘆する。この生き生きとした表現の背景には、いったい何があるのだろう? 答えは「冬はつとめて」に書かれてあった。
 五味は解釈する。「冬の寒さの中、二人で臥(ふ)して鐘の音を聞き、逢瀬(おうせ)を楽しむのが良い」。「春は曙」以下の四季の風景は、枕を交わした二人で見るのが趣き深い。それが『枕草子』の真意なのだ、と。
 清少納言は自然の背景に人間の営みを見る。彼女の卓越した自然観と人間観とは、平安時代を彩るとともに、現代に継承されるのである。
    ◇
 朝日選書・1620円/ごみ・ふみひこ 46年生まれ。東京大学名誉教授(日本中世史)。『書物の中世史』など。

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