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黒猫のひたい [著]井坂洋子

[評者]水無田気流(詩人・社会学者)

[掲載]2014年06月29日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■日常の先を丹念に見つめる

 妙に言葉の座りが悪い日がある。正確に書いたつもりなのだが、その正しさがいけない。事物が上手(うま)く捕まえられない。そんな時、染み入る言葉を持つ人である。普段見えない空隙(くうげき)を縫い取るように紡がれる文集。日常の断片というより、日常の先に口を開けている名づけ得ないものたちが、丹念に描かれていく。
 飼っていた黒猫が、親友の猫を亡くし眠り続けた日の思い出。「黒い額に私の額をつければ、しんとした回廊がつながった」。裏磐梯の風景に響き渡る風の音は、「雨より不安定で少々不穏だ。その不穏さが、ぞくぞくするようでいい」。あるいは、ある老人が亡くなるまで過ごしたという部屋を見たときの感動。「その部屋の物たちは、人の空虚を見事に埋めていた」、その「矜持(きょうじ)の匂い」。それは釈迦が寂滅する時に、周囲を取り囲み見守った動物たちのようであるという。人の心の澱(おり)、と呼ぶには爽やかすぎ、機微、というには重厚な言葉たちが琴線に触れ、鳴る。
    ◇
 幻戯書房・2592円

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