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荒野の古本屋 [著]森岡督行/偶然の装丁家 [著]矢萩多聞

[評者]内澤旬子(文筆家・イラストレーター)

[掲載]2014年07月06日

[ジャンル]ノンフィクション・評伝

表紙画像

■生き方はそれぞれ、背中押すシリーズ

 晶文社が一九八〇年代に刊行していた「就職しないで生きるには」と冠したシリーズの存在を知ったとき、すでに私は組織に属さずに生計を立てていた。もっと早く出会えていたら、どんなに心強かったことか。
 数十年前、「サラリーマン」になりさえすれば、一生安泰と信じられ、大学生は就学中に企業を回り、内定をとっていた。あれから世紀が変わり、「サラリーマン」はこれから先の生活を保障してくれる生き方ではなくなった。景気は上向いていると言われるけれど、先行きの不安はまるで消えない。かといって会社員に代わる人生のロールモデルも見いだせないまま、大多数の学生は相変わらず就学中に企業説明会を駆け回っているようだ。かつてのシリーズは「就職しないで生きるには21」と改まり、再び始動。前世紀からなにか変わったのだろうか。
 第二弾の著者は古書店主、第三弾の著者は装丁家。縮小を加速させる本の業界に関わり、本好きの若者たちの憧れを集め、大活躍中の二人だ。
 共通点は、新卒で企業に就職していないくらいのもので、今の仕事につくまでの紆余曲折(うよきょくせつ)も、既成の社会通念に対する屈託も、まったく異なる。前者は無為の日々の中で古書に関わりたいという意思が固まるのを待って老舗古書店に就職し、後に独立する。本人からすすんで社会と距離を置いていたようで、具体的に疎外された記述はない。不安もあったようだが一貫した意志の強さが印象的で、世俗離れした日々を送ってきた日々から一転、独立開業してからは、写真集という極めてニッチな需要を的確に探り当ててゆく。
 一方後者は、気の毒なことに小学生時から学校教育と反りが合わずに疎外され気味。途中で素晴らしい先生に出会うものの、中学で不登校になってしまう。インド滞在を経て画家となり、タイトル通り偶然の出会いに誠実に応えるうちに、装丁の仕事にたどり着く。
 基本的には前世紀からなにも変わらない。後者の著者が強調するように、不登校ならインドに行けば解決という話ではない。こうすれば生きていけるという正解やマニュアルは、どこにも存在しないのだ。生き方も生計の立てかたも、その人の数だけ存在する。結局はできることを、やりたいようにやるしかない。
 そうは思っても、これで自分はいいのかと惑う。私もいまだに迷ってばかりだ。そんなときに本書を読むと、もう少しだけやってみようかと背を押される。就職していない人も、おそらく現在就職している人にも。
 先日出た第四弾の小出版社起業の話も、楽しみに読みたい。
    ◇
 『荒野の…』晶文社・1620円/もりおか・よしゆき 74年生まれ、東京・茅場町の古書店「森岡書店」店主。『偶然の…』晶文社・1620円/やはぎ・たもん 80年生まれ、画家・装丁家。著書に『インド・まるごと多聞典』(春風社)。


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