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皮膚——文学史・身体イメージ・境界のディスクール [著]クラウディア・ベンティーン

[評者]水無田気流(詩人・社会学者)

[掲載]2014年07月13日

[ジャンル]医学・福祉 社会

表紙画像

■近代的人間観への変容を映す

 自己と世界との境界線を象徴する、皮膚。それは表面でありつつ内面を映す鏡であり、同時に他者との接触面でもある。本書は18世紀以降の文学、芸術、科学等さまざまな領域を横断しつつ、皮膚のもつ文化的な意味や価値の変遷を丹念に検証する。筆者は述べる。皮膚は遅くとも20世紀には、「個」として分断された人間の象徴として用いられるようになった。それは、18世紀以降の社会変化によりもたらされたものだ、と。なるほど、他者との境界のないところに、近代的な主体や個の生成もない。皮膚は個人の外枠を決定しつつ、自ら知覚する主体性を生起させる。皮膚に投影されるのは、近代化にともなう人間観の変容そのものである。
 18世紀、臨床・解剖医学の始まりとともに、神秘的な領域とされてきた「皮膚の下にあるもの」が可視化されるようになった。この過程で、肉体についての知覚が根本的に変化し、個人の肉体の境界としての皮膚という観念も成立した。それまで単なる視覚的イメージとしてとらえられていた皮膚は、より複雑な意味を重ねられるようになった。
 当時、古い皮膚は旧態依然とした人間観の象徴とされた。このため、ゲーテをはじめ近代人の理想像を追求した文学者たちは、「脱皮」し真の自己を獲得することを、人間解放の象徴として描いた。だがそれは、男性にのみ許された救済イメージであった。女性は美しい皮膚(外見)こそに価値があるとされ、内実のない容器であることが称揚された。女の皮膚は仮面。皮膚を脱ぐことは、化けの皮が剥がれると言うように、おぞましいこととされたのである。
 このあり方は、今日変わっただろうか? 今なお、女性が旧来の仮面を捨て去るのは難しい。「ありのままの姿見せるのよ」と涙ながらに「アナと雪の女王」の主題歌を絶唱する女子小学生の集団を眺めつつ、嘆息。
    ◇
 田邊玲子訳、法政大学出版局・5184円/Claudia Benthien 65年生まれ。独ハンブルク大学教授(文化理論)。

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