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夜は終わらない [著]星野智幸

[評者]いとうせいこう(作家・クリエーター)

[掲載]2014年07月13日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■物語を欲望するニセ暴君の時代

 『アラビアンナイト』はご存じのように千夜もの間、暴君に物語を語って聞かせ、自らの命をながらえるばかりか、それなしではいられなくしてしまうシェヘラザードという女性が主人公であった。
 よき文芸は先行作品をたたえ、笑い飛ばし、価値をひっくり返す。星野智幸がまさに千夜ほどの時間をかけて書き上げたのは、反対に「出逢った男たちに物語を語らせる」玲緒奈という女性を“暴君”とした小説である。
 玲緒奈はスタイリッシュな服や宝飾品で自らを飾って男たちをだまし、金を奪い取り、命を奪う。メールを利用し、睡眠薬を溶かし、パソコンからデータを消去しては結婚詐欺を繰り返す。
 まさに今どきの犯罪者・玲緒奈だが、『アラビアンナイト』のシャフリヤール王とはまるで違う。性別だけではない。玲緒奈はやんごとなき家柄に生まれたわけでも、宝物のように育てられたのでもなさそうだ。「印象の薄い顔」に見事なメークをし、罪を犯して転々と移動している。
 つまり、彼女はあらかじめ何ひとつ持っていないのだ。まるで、我々読者がほとんどそうであるように。だからこそ、玲緒奈は物語を欲する。殺そうとする男たちから、それが一夜の遊びのごときふりをして、夜伽(よとぎ)を求める。
 シェヘラザードが命をつなぐために物語を切実に語ったように、玲緒奈はそれを聞く。物語がわずかでも自分に関係し、世界に小さなよりどころを見つけ、生きる実感に触れられる時間を求めて。
 彼女が必要とするのは、逃避のための物語ではない。文学周辺で物語批判が徹底される一方、経済がそれを細切れにしてネットで数分ごとに更新する日々。政治は甘いだけのキャッチフレーズで粗雑なお話を語ってやまない。
 これでは人生を構造化する契機がないのだ。玲緒奈にも、我々にも。ゆえに、よく似た物語を別な者が生きているという比較も出来ず、他者を構造化出来ない。
 つまり、なんでも手に入るように見え、ボタンひとつでそれが自宅まで届き、意見はすぐに書き込めて発表出来るかのごとき時代の我々は、ニセの“暴君”なのだ。玲緒奈と私たちは重なっている。
 そこに、物語が必要になる。生きる方法を認識するために。
 本書では男たちが縦横無尽におとぎ話をする。話の中で“語る者と聞く者”のペアは分裂し、男女の境をなくし、動物と同一化し、入れ子の逸話を発生させる。それを聞く者は玲緒奈であり、読む我々でもある。物語は複雑に“重なる”。
 さて、生きのびるために物語を語る者は命を救われるだろうか。また、生きのびるために“聞く”我々は。それは読んでのお楽しみ。
    ◇
 講談社・1998円/ほしの・ともゆき 65年、米ロサンゼルス生まれ。新聞記者を経て、『最後の吐息』で文芸賞を受賞し、作家デビュー。『目覚めよと人魚は歌う』で三島由紀夫賞。『ファンタジスタ』で野間文芸新人賞。『俺俺』で大江健三郎賞。

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