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サルなりに思い出す事など 神経科学者がヒヒと暮らした奇天烈な日々 [著]ロバート・M・サポルスキー

[評者]角幡唯介(ノンフィクション作家・探検家)

[掲載]2014年07月20日

[ジャンル]科学・生物 社会

表紙画像

■アフリカとの裸のつきあい

 ケニヤの森で20年以上にわたりヒヒの群れを観察した神経科学者の回想録だ。裏表紙にある「抱腹絶倒のノンフィクション」という謳(うた)い文句は看板倒れではない。ニヤニヤ笑いが込み上げるという点では近年屈指の本だった。
 まずヒヒの研究を開始した理由が振るっている。著者の研究はストレスが人間の身体にどんな悪影響を及ぼすか。その調査にヒヒを選んだのだが、なぜヒヒかというと、彼らは1日4時間しか狩りをせず、あとはお互いを精神的に煩わせることに使っているからだという。つまりそこは人間と同じ、というわけだ。
 ヒヒに旧約聖書由来の名前をつけて諧謔(かいぎゃく)的に語るあたりは大笑いだ。ただヒヒのことばかりではなく、むしろヒヒの観察を縦軸にして、東アフリカの文化や人間や諸々(もろもろ)の不条理な出来事を縦横無尽に語ったエッセイだといえる。
 驚いたのはこの著者がきれいごとを一切書かないことである。例えばマサイ族のような先住民のことを書く場合、普通の書き手は先住民文化に対して寛容な人間だと思われたいので、どちらかといえば礼賛したり理解を示したりという書き方をすると思う。だがこの著者はそういうことはしない。マサイ族が最悪だと思ったら最悪だと書き、臭いと思ったら臭いと書き、勇敢だと思ったら勇敢だと書き、憎い時は憎いと書く。こんな書き方は自分の観察眼や理解力によほどの自信がないとできることではないし、それが不快ではないのは、著者のアフリカに対する愛を文章の内側から如実に感じることができるからだろう。つまり本書はアフリカと裸の付き合いをした男の正直な記録なのだ。
 ストレスを下位の個体に押しつけるヒヒの行動は人間社会に対する強烈なあてつけだろうか。最後にヒヒの群れは崩壊の危機に瀕(ひん)するが、それも何かの黙示に思えてくる。ユーモアの中に辛辣(しんらつ)な批評をしのばせた奥深い一冊だ。
    ◇
 大沢章子訳、みすず書房・3672円/Robert M. Sapolsky 米国の神経内分泌学者、行動生物学者。

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