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モンフォーコンの鼠 [著]鹿島茂

[評者]内澤旬子(文筆家・イラストレーター)

[掲載]2014年07月27日

[ジャンル]歴史 人文 社会

表紙画像

■奇想天外、汚物から始まる理想郷

 舞台は七月革命直後のパリ。冒頭に登場するのは小説家バルザック。名無しの貴婦人からのファンレターに鼻の下を伸ばす。いかにも「おフランス」な風景。ところが舞台は一気にパリの舞台裏、屎尿(しにょう)の行きつく先へと下降する。フランス史に明るい人であれば、タイトルにつけられた「モンフォーコン」という地名だけでわかるという。パリ中の屎尿および廃馬を処理していた場所だ。
 人口は密集しながら、下水道も浄化槽もなかった時代。屎尿は野積みで自然乾燥に任せていた。おまけに自動車もなく物資の輸送と人々の移動は馬力に頼っていた。馬は現在の自動車並みとまではいかなくても、パリとその近郊で多数使役され、病気や事故で死ぬことも頻繁にあった。廃馬処理の汚物も、当然積みっぱなしで腐敗。臭気は風向き次第でパリの街に漂った。
 19世紀、ヨーロッパの大都市はどこも似たような危機に瀕(ひん)し、政府が対策を考え始めた、いわば公衆衛生の黎明(れいめい)期。この時期の薀蓄(うんちく)と描写だけで私としては一冊すべてが費やされてもいいくらい楽しいが、話がバルザックの書く小説の中に融解していくあたりから、史実から逸脱し(バルザックの他にも公衆衛生学者など実在の人物が何人も登場)、想定外に大きく展開。
 モンフォーコンの乾燥汚物や屍肉(しにく)に群がり大量繁殖していた鼠(ねずみ)、そして地下に広がる採石跡の坑道や空間を利用して、空想社会主義者フーリエの弟子たちが絢爛(けんらん)にして奇怪なユートピアを作りあげてしまうのである。モンフォーコンへの著者の並々ならぬ愛を感じる。
 パリの地下に広がる理想郷を探検していく様子は、まるで江戸川乱歩の「パノラマ島奇談」のよう。博覧強記の知識から繰り出される薀蓄に加えてお色気あり、革命活劇あり、恐怖ありの、奇想天外な娯楽大作。フランス史に疎い人でも十分楽しめる。
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 文芸春秋・2160円/かしま・しげる 49年生まれ。明治大教授(仏文化論)。『馬車が買いたい!』『渋沢栄一』など。


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