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浅田孝―つくらない建築家、日本初の都市プランナー [著]笹原克

[評者]隈研吾(建築家・東京大学教授)

[掲載]2014年07月27日

[ジャンル]人文 社会

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■環境をテーマに時代を先取り

 去年、生誕100年の丹下健三がブームである。「国立屋内総合競技場」をオリンピックのために設計した丹下は、日本が最も輝いた時代を、見事に建築へと昇華させた。
 丹下は弟子もすごかった。槙文彦、磯崎新、黒川紀章。戦後日本をデザインしたのは彼ら丹下軍団だった。その軍団の中で、もっともミステリアスな天才が、浅田孝である。
 先輩が「浅田はすごかった。キレすぎた」と、口を揃(そろ)えるから僕も興味を持った。しかし、スター的弟子に較(くら)べて無名で、建築をほとんど残していない。だから甥(おい)にあたる哲学者浅田彰も、「結局は失敗した建築家だったというべきだろう」と総括した。しかし、彰は、孝に「モダニズムというものの弱さを、そして栄光を見る」とも付け加えた。「キレる」こと、すなわち知的で合理主義者(モダニスト)であることが、なぜ「失敗」につながったのだろうか。
 最も興味深いヒントとなったのは、浅田孝が「つくらない」ことに価値を見いだしたという筆者の指摘である。「こどもの国」「香川県五色台」という大規模プロジェクトにおいて、浅田は、建築を「つくらない」ことを最重要視して、時代を先取りし、環境をテーマとした。
 浅田は過剰に知的で合理的であったがゆえに、高度成長のただなかに、建築をつくらないことを選択したのである。逆に、建築の形態操作にすぐれ、「つくること」に長(た)けていた丹下やスターキッズは、前近代性を巧みに使いこなしたともいえる。それゆえ中途半端な近代日本に受け入れられたという逆説。
 20世紀の高度成長とは、建築をつくるという一種の非合理的欲望をエンジンとしたのではないかと、僕は感じた。経済というもの自体が、人間の非合理性によって、動き、流れているからである。超合理主義者浅田は、アベノミクスとオリンピックの盛り上がりをなんと評するだろうか。
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 オーム社・3024円/ささはら・かつ 49年生まれ。オイコス計画研究所代表取締役。共著に『建築家の名言』など。


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