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協力と罰の生物学 [著]大槻久

[評者]萱野稔人(津田塾大学教授・哲学)

[掲載]2014年07月27日

[ジャンル]人文 科学・生物

表紙画像

■罰する行動、進化のなかで説明

 つくづく人間というのは罰することが好きな生き物だと思う。たとえば日本では死刑を容認する人が8割以上にのぼる(2009年内閣府世論調査)。もちろんそんな大げさな数字をだすまでもなく、私たちは日常的に、自分でもそうとは気づかないうちに誰かを罰している。叱ったり、成績や人事の評価を厳しくしたりする場合だけではない。いうことをきかない人を仲間はずれにしたり、冷たくしたり、その人の悪評をたてたりすることだって十分「罰すること」だ。
 なぜ人間はこんなにも罰することが好きなのだろうか。理由は簡単だ。それは人間が他の人間たちと協力しなくては生きていけないからである。誰かを罰するということは、その人を改心させるためにせよ、排除するためにせよ、他の人への見せしめにするためにせよ、人間たちのあいだで協力を維持するということにほかならない。逆にいえば、協力の裏にはつねに罰がある。罰することは、協力しながら生存してきた人間の存在様態そのものに組み込まれているのである。
 本書が教えるのは、その罰することがどれほど深く人間存在に組み込まれていても、それは決して人間固有の行動形態ではない、ということだ。人間に近い哺乳類だけでなく、魚類や昆虫、さらには植物や細菌類まで、生物の世界にはさまざまな罰と協力の行動がある。生物学的にみて人間は何も特別なことをしているわけではないのだ。それどころか「あまりに人間的な」ものにみえる罰と協力の行動がじつは生物の進化のなかで説明されるべきものであることを本書は明晰(めいせき)に示している。
 本書で紹介されているさまざまな生物の事例や、人間の行動をめぐる研究はどれもとても興味深い。それらを楽しく読み進めていくうちに、人間中心主義的な世界観を見事に脱色してくれる、とても含蓄の深い本だ。
    ◇
 岩波科学ライブラリー・1296円/おおつき・ひさし 79年生まれ。総合研究大学院大学助教(数理生物学)。


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