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眠る魚 [著]坂東眞砂子

[評者]内澤旬子(文筆家・イラストレーター)

[掲載]2014年08月03日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■震災後、日本と家族への葛藤

 今年一月に癌(がん)で急逝した坂東眞砂子の小説が二冊刊行された。『瓜子姫(うりこひめ)の艶文(つやぶみ)』(中央公論新社)は、著者が長年書き続けてきた男女の性愛がテーマ。江戸後期の松坂を舞台に女が一生で味わう性の極みの甘さと暗闇との変転を描いた完成度の高い作品。
 一方未完の絶筆となった『眠る魚』は、東日本大震災後の物語。日本社会から飛び出し、バヌアツに暮らす女性が主人公。父親が亡くなり関東の田園地帯にある実家に一時帰国し、海外のニュースサイトで報じられてきた放射能汚染の深刻さとは裏腹に、たいしたことないと言い張る人々に茫然(ぼうぜん)とする。不安を口にし、行動を起こせば村八分にされる。錯綜(さくそう)する情報の中、安全と危険の両軸のどちらにもつけずに茫漠(ぼうばく)とした不信と不安を抱え、突き付けられる。私たちは何をなくしたのか。
 亡父が生前に付き合っていた女性を相続人に指名していたことが判明し、主人公は実家と土地の相続権を失う。そこではじめて、故郷の土地に依拠していた自分を見出(みいだ)す。個人性を押し殺す日本の感覚を嫌悪し、故郷を守る親兄弟を敬遠してきたにもかかわらず。しかもその最後の砦(とりで)のはずの土地は放射能で汚染されてしまった。葛藤の末、今後の身の振り方を心に定めたところで、舌癌が見つかってしまう。
 あくまでもフィクションであり、日本の現実とぴたり重なるわけではないし、バヌアツに住み故郷に特別な愛情を抱き続けてきた著者の実体験そっくりそのままでもない。
 けれども主人公の葛藤の一言一言が、著者の心の叫びのようにも、私自身が抱く屈託を抉(えぐ)るようにも聞こえ、時々読むのが苦しくなった。
 現実の話をすれば、余命宣告を受け、著者は東京での治療を切り上げ、自力では歩けない状態を押して帰郷する。
 書き手を失った物語の続きは、私たち読み手の今後の生き様に引き継がれる。
    ◇
 集英社・1404円/ばんどう・まさこ 高知県出身。1958~2014。『山妣(やまはは)』で直木賞。『死国(しこく)』など。

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