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江戸〈メディア表象〉論―イメージとしての〈江戸〉を問う [著]奥野卓司

[評者]本郷和人(東京大学教授・日本中世史)

[掲載]2014年08月03日

[ジャンル]歴史

表紙画像

■現代人の願望が作りあげた

 「ありがたし」は、滅多にないこと。「しあわせ」は、めぐりあわせ。殿が「そちの働き、みごと。褒美を遣わす」と仰せになる。謙虚な侍は「私だけの力ではなく、滅多にないめぐりあわせで、うまくいきました」の意味で、「有難(ありがた)き仕合(しあ)わせ」と申し上げ、褒美を拝領する。
 このやり取りが江戸の時代劇で頻用された結果、「ありがとう、幸せです」の侍言葉になった。某大河ドラマでは、平安末期の武士がしばしばこの言葉を使った。私は違和感を覚えた。「あ、江戸だ!」。けれども本当は、江戸時代の侍も右の意味では、そんな表現はしなかっただろう。
 私たちが江戸の代名詞と疑わない様々なものは、このように、実は現代のイメージの産物であることが少なくない。それを徹底的に解明してみせるのが本書である。鎖国も、いぶし銀のモノ作りも、エコな生活も、人情味あふれる人付き合いも、伝統芸能としての歌舞伎も、みな本来の江戸とはつながらない。それは「そうあってほしい」という私たちの願望を引き受けた、メディア表象が創出した作品たちなのだ。
 右の「江戸」は一つには「江戸時代」であるが、「江戸の町」をも意味する。近世は江戸の町によって代表される、という理解がそもそも幻想であって、この時代を特徴づける経済・産業・文化は、上方をはじめとする他の地域から生起したのだ(著者は、さぞ東京嫌いなんだろうな……)。
 本書は「歴史は『ヒストリー』である以上、人間の作ったストーリー、つまり『物語』である。何が正確な『江戸文化』なのかを延々論じていても、意味のないことである」と清々(すがすが)しく言い切る。社会学者がホンネで語ってくれているのだから、歴史学者は知らないよ、ではなく、きっちり反論せねばなるまい。……え? おまえもだろう、ですって? いえ、ぼくはその、中世史担当なので……。
    ◇
 岩波書店・2916円/おくの・たくじ 50年生まれ。関西学院大学教授(メディア表象論)。『情報人類学の射程』など。

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