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養護教諭の社会学 学校文化・ジェンダー・同化 [著]すぎむらなおみ

[評者]水無田気流(詩人・社会学者)

[掲載]2014年08月10日

[ジャンル]教育 社会

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■「保健の先生」が直面する学校の闇

 「保健の先生」として知られる養護教諭。誰もが学校でお世話になる身近な存在だが、その職務は複雑な課題を抱えている。もともとは20世紀初頭、感染症予防など児童生徒の健康面を支えるため、「学校看護婦」「学校衛生婦」などとして導入された専門職。当初は学校や自治体で呼び名や職務内容もまちまちであり、何より教育現場の主流の座を占める学校文化の中で、常に周辺的な立場に置かれてきた。それゆえ従事者たちは、さまざまな葛藤に苦しみ、教員と同等の立場を要請する「職制運動」を経て、ようやく現在の姿となった。だが、その葛藤は今なお解消していないどころか、むしろ深刻化している側面すらある。
 筆者は養護教諭として勤務しつつ大学院で学び、養護教員の抱える葛藤を検証し、一つの結論を出す。それは、養護教諭は「移民」だ、というものである。なるほど、他の専門領域から「移住」してきたマイノリティーであるがゆえの葛藤は、主流文化への「同化」を要請されつつ排除される移民の姿に通じる。養護教諭の圧倒的多数が女性であることから、ジェンダー格差の問題も根強い。筆者も指摘するように、60年代に養護教諭たち自身が発した「(私たちは)学校のお嫁さん」との発言は的を射ている。他家から嫁いできたよそ者である嫁は、婚家のしきたりへの同化を要請されつつ、家族のケアに従事する。それは、学校文化に従順でありつつ、子どもたちの心身のケアに勤(いそ)しみ「学校のオアシス」を提供すべし、との養護教諭への期待と酷似している。
 一方で、子どもたちの身体や心という生きた現実への対処は、「周辺」に甘んじていては間に合わない。怠学や保健室登校など、問題行動が見られる児童生徒たちの中には、家庭環境をはじめ私生活に深刻な問題を抱える者も少なくない。とりわけ闇が深いのは、性被害の問題である。養護教諭たちへの聞き取り調査から明らかになるのは、現代の性関係の歪(ゆが)んだ側面だ。望まない妊娠、援助交際、近親相姦(そうかん)、当の学校教員による性暴力など、多種多様な闇が広がる。子どもたちの心身と向き合う養護教諭の声は、今以上に学校教育の場に活(い)かされる必要がある。
 昨今はダイバーシティー(多様性)や女性活用が称揚されているが、こんな身近な女性専門職すら包摂し得ていない、この国の組織の偏狭さについて改めて考えた。次はより平易な解説書を期待したい。教育とは、子どもたちが自らの力で幸福になる方途をつかみとるための導きであってほしい。自らの心身と向き合う力を身につけることは、教科学習と同等かそれ以上に重要だ。必要とする読者が、必ずいる分野である。
    ◇
 名古屋大学出版会・5940円/65年生まれ。私立高校勤務を経て、現在は愛知県立高校の養護教諭。著書『エッチのまわりにあるもの 保健室の社会学』、共著『発達障害チェックシートできました がっこうの まいにちを ゆらす・ずらす・つくる』。

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